バウムクーヘンのお話

ドイツの代表的で有名なお菓子といえば、バウムクーヘン。
デュッセルドルフにも、デパートKAUFHOFの地上階、
エントランス脇という良い場所にに菓子店があって
チョコレートコーティングがてかてかと輝くバウムクーヘンのそびえ立つ姿が目についた。

そびえ立つ?

そう、デュッセルドルフのバウムクーヘンは輪切り状だけでなく
分厚いリングを積み重ねたような姿をしている。
てっぺんに丸い板チョコをのせて飾りにしているものもある。
輪切りや手ごろな大きさに切ったバウムクーヘンも売っているが、
それらは乾燥を防ぐため紙のトレイに入れてラップした状態で売られる。
そして、従量制で値段を印字したシールが貼ってある。
バウムクーヘンははかり売りなのだ。

私は、ドイツに来て初めて縦長のバウムクーヘンを見たのではない。
東京の高級洋菓子店「オー・ボン・ヴュー・タン」の某デパ地下店で
「ガトー・ピレネー」という名前で
ショーケースに見本が立っていた。
フランスはガスコーニュ地方(ピレネーの名が示すとおり、スペインに近い方)の伝統菓子で、
クリスマスだけの予約販売だった。
ケーキのためにいちいち東京まで出て来れないので、
その時は、すぐ買えるお菓子を何点か買って持ち帰っただけ。(註:激ウマです)
ガトー・ピレネーの説明に「元祖バウムクーヘン」と書いてあると、
「おお、そうなのか」とつい信じてしまいそう。
真偽は定かではないが、ケーキに関してはフランスが本場のような気が抜けない。
まあ、元祖争いはどうでもいいのでここでは触れない。

どうして縦長に焼けるのかというと、
かまどの前に棒を渡して、ケーキ生地を少しずつ回しかけながら
棒を回転させてまんべんなく焼き重ねていくからだ。(横長か。)
そして、切り口が木の切り株のような層になる。
バウムクーヘンと呼ばれる所以だ。
どちらの製法もほぼ同じだが、
ガトー・ピレネーが素朴な郷土菓子という位置付けなのに対し、
バウムクーヘンは王様のお菓子ということになっている。
ここらへんの話は、「フランクフルト便り」様に詳しいので参照を願う。
デュッセルドルフでは、バウムクーヘンは高級チョコレートを売っているような店で買っていて
ドライブインのカフェや町のパン屋ではほとんど見られなかった。
私の少ない経験の中では
高級住宅街オーバーカッセル地区のベルゼンプラッツ駅近くのパン屋で
リングを更に半分に切ってチョコがけしたものを見たっきり、である。
プロイセンの殿様に関係があるお菓子のせいか、
「ドイツに住んでいるがバウムクーヘンを売っている店を知らない」という話も漏れ聞いている。
きっとプロイセンの支配が及ばなかった土地なのであろう。

とにかく、バウムクーヘンを焼いている様子は
まるっきり、肉の丸焼きと同じである。

大都市のConfiserieもしくはKonditrei(菓子店)を掲げたお店でたいがい手に入ると思うが、
デュッセルドルフで名の知れたバウムクーヘンの店といえば
上記デパートにあるハイネマンである。
別にカフェ併設の店もあり、
バウムクーヘンだけではなく、各種プラリネやケーキ類が買える。
バウムクーヘンも、好きな量・コーティングのものが選べる。
実は、ハイネマンの1号店は
オランダとの国境に近い街、メンヒェングラードバッハにある。
こことデュッセルのほか、ノイス、クレフェルトといった
デュッセルドルフ周辺の町にいくつも店舗を構えている。

しかし、わが家でよく食べていたのは
ライシーファーという店のバウムクーヘンだった。
理由は、夫が仕事帰りに寄り道しないですむ場所に店があったから(笑
ケーニックス・アレーの店は間口が狭くて見つけにくいかもしれない。
ここの高さはあるが直径の小さいバウムクーヘンがかわいくて手ごろで好きだった。
もちろんプラリネ等も売っている。
こちらは本店は北の方のオスナブリュックという街にある。
ベルリンの空港や大きな駅、北海のリゾート地など、いい場所に店を出している。

ワールドカップの頃話題になったのが、ミュンヘンのクロイツカムというお店。
テレビで放送されたらしい。
発祥の地はドレスデン。デュッセルドルフに支店はない。
ここのバウムクーヘンは、しっかりした箱入りで、お土産に持ち帰るのによさそう。
たいていの店では、バウムクーヘンの包装は極めてヘナチョコで、
フィルムの袋に入れてリボン掛けしたのがせいぜいなので、
日持ちのよいお菓子ではあるが、
縦長のバウムクーヘンをドイツから日本への土産物にするにはちと苦しい。
お土産をねだった人は、コーティングのチョコが割れていたりしても
黙って受け取って欲しいものである。

一般にドイツのケーキは
型を使って丸く焼いたものにデコレーションをほどこすおもてなし「トルテ」と
天板に生地を流して焼き、ホイップクリームを添えて食べる気軽な「クーヘン」に分類される。
バウムクーヘンは「クーヘン」ではあるけれど、
高級菓子店で扱われる特別なクーヘンなのである。


日曜日にネクタイ

天気のいい日曜日にお散歩に行くと、ブレザーを着てネクタイを締めている紳士が往来するのをちょくちょく目にします。まあオフィス用ダークスーツと違って全体に派手な色目ですけど。
日曜日Wildparkのような土のある所に革靴履いてネクタイ締めて来なくても、と最初は思うのですが、お散歩用の革靴はゴム底だということがわかってからは、これも立派な休日のおしゃれだと思うようになりました。わが家のような小さな子ども連れの家族はジャンパーやジーパンみたいな普段着なのが主流のようでした。
また、ドイツ人の子どもを見ていると、女の子が花柄のワンピースで公園で激しく遊びまくっている姿とか、お誕生会に招待されたり、クリスマスのスペシャル昼食ディナーに連れてこられた男の子がネクタイとベストでばっちりおしゃれし、なおかつかしこまっていないでガンガン遊んでいるのとかいました。
日本的な感覚だと、子どもがきちんとした服を着るのは、制服でなければ卒業式か入学式、七五三、お葬式くらいしかないですね。毎年あるとは限らない、ごく特別な時だけ。
夫の会社では駐在員の家族向けにホテルで新年会を開いていたので、まあ全くの個人的な趣味で、それ向けに一応子どもにもワイシャツ・ネクタイ・ベスト・スラックスを用意していましたが、日本人どうしのお誕生会程度だと全くの普段着で伺わせていました。日本だと幼児用なら男の子でもちょっとよそ行きっぽい服もあるので、そういうのを着せてたご両親もいましたね。
全体に日本人は、ネクタイを窮屈なものだと感じる人が多いような気がします。特に派手なネクタイやカラーシャツを胡散臭く感じたり、休日のネクタイに警戒心を抱かれてるような気さえします。ファッションがカジュアルに強く振れている感じ。
ドイツ人のように、子どもの頃からネクタイを時々する生活をしてれば、ネクタイに対して構えることがなくなるんじゃないかとも思ったりします。
カーニバルでネクタイを切るのが行事になってるくらいだから、ドイツではネクタイ観が違うんでしょうね。いつでも締めてることがありえるような…


日本では男の子向け(特に小学生)よそ行きの種類が少ないのでつまらない
たまにはネクタイ締めた子どもと出歩いてもバチは当たらんと思うが


トイレでは眼鏡に注意

デュッセルドルフのアパートでは、台所とトイレとバスルームがタイルばりでした。
トイレの一角がシャワースペースで、バスルームには洗濯機を置いてました。
それぞれ洗面台がついていて、鏡の下がタイル一枚分前に飛び出していて、
そこにちょこちょこいろんな物を置いて棚代わりに使ってました。
バスルームの場合洗濯機の上に物を置いたりもできますが
(念のため言いますが、洗濯機はドラム式で全面の丸い扉が開きます。日本の乾燥機みたいな感じ。
うちでは洗濯機の上にアイロンシートを敷いてアイロンをかけてました。電源も近くて便利)
トイレの場合はタイル一枚分の幅の細長いスペースにあれこれ置きます。
高さはおよそ1.2〜1.3m。
ここに眼鏡を一時置きして、ちょっと手元が狂うと、
落として間違いなく壊します。
ドイツ生活を始めて早々、
夫がレンズを割り、私はフレームを壊しました。まん中からぽっきり
んでも夫は即メガネの○リーミキにすっ飛んで行って新しいレンズをはめて貰えるんですが、
私の場合が困ったんですねえ。
とにかく奥様会でベビーシッターを使いまくりのため、
どうも自分の用でベビーシッターを頼むのに気が引ける。
土曜日は、夫が買い物嫌いだから、眼鏡屋に行ったらその日は食料の買出しができなくなりそう。
(買い物そのものも嫌いなら、お店を何箇所か回るのはもっと嫌い、
そして店では早くしろしろとせかす)
もうひとつの問題は、私は夫から生活費を現金で貰う暮らしをしてたので、
夫がついてきてくれないと、高額の買い物ができなかったんでした。
自分の身体が暇でも夫とすれ違ってしまうと、もう財布にお金がない。
それにコンタクトレンズがあったから、
(もう、いいや…)と
テープでぐるぐる巻いてメガネの右と左をつないで、
家庭専用眼鏡として使用していました。
それでも3年目、次男が幼稚園に行き始めてから○リーミキに行ってフレームを新しくしましたわ。
ハードな育児生活でレンズの表面が傷だらけになってて、
かけると白内障風に視界がくもる眼鏡になってました。
ベルリン旅行でコンタクトをすっとばしたのが3年目で本当に良かった。
すぐ買いなおしできました。

トイレといえば、
ドイツのトイレは便座がネジ止めで、好きなタイプの便座に簡単に交換できたりするのですが、
そのことを知らなくて、
(ネジがゆるんで)便座がどんどんずれて動くのに、ものすごく悩んでいました。
夫に相談しても全く問題解決に乗り出してくれない。
ずーっとイライラの種でした。
これが解決したのも3年目、
オムツがとれた次男がトイレでおしっこすると、目標をあやまってあちこち汚します。
それを掃除しながら
(変なところにたれてるなー)と思ってトイレの下を覗いたら、
ようやく便座を留めるねじがあるのを発見したのでした。

万事勝手が違うので、けっこうつまんないことに消耗してましたね。



ベルリンぶらぶら

99年秋もしくは初冬、聖マルティン祭が終わった頃、
夫の出張に引っ掛けてベルリンへ連れて行ってもらいました。
すでに首都機能はボンからベルリンに移転していました。

「ベルリン出張のついでに、ベルリンに住んでいる知人を訪ねることになっているんだが」
「ふーん」
「君達も来なければいけないんだ。家族で会いに行くと言ってしまったから」
「へ」
「女性の一人暮らしだから、男が一人で訪問するわけにいかないだろう。
どうしても来て貰わないと困るんだ」

「はあ」
「会議は月曜日にある。だから、土曜日に飛行機で行って、月曜に帰ってくる。 月曜日俺が仕事をしている間、3人でどこかで待ってて、終わったら落ち合って一緒に帰ろう」
「げ」

そして飛んできました、ベルリンへ。
タクシーで中心部にある高級ホテルへ。出張では安全のため良いホテルに宿泊することが認められているそうです。道理で、家族旅行でちょっと安いホテルに泊まると文句が次から次へと出ると思った。
やはり、デュッセルドルフよりいくぶん寒く、気温は2,3℃という感じ。陰鬱な曇り空。
タクシーでもチャイルドシートが必要なドイツですが、ベルリンでは運転席背の裏の網から取り出したセーフティーベルト用三角形の調整具をはめることで(首に斜めベルトがかからないようにするため)簡単に対応していました。観光客が多いから、いちいちトランクにチャイルドシートをつっこんじゃいられないってゆうのかも。

註:今頃は組み込み式チャイルドシートになっていることでしょう

ホテルに行く途中、タクシーでショッピングストリートのクーダムを通過しました。
そしてベルリン滞在中二度とクーダムに足を踏み入れることはありませんでした…(くそっ)

チェックインの後、さっそくJさんに連絡をして、タクシーで直行。中年の旅は違いますねえ。
お住いがあるのは旧東側のSバーンFriedrich str駅の近く、
かのUnter den Lindenも近いベルリンの中心部の閑静な住宅街でした。
途中、ベルリンの壁があるはずの場所を通りましたが、
今では跡形もないように見えました。

道路まで出迎えてくれたJさんは、旧東ドイツ出身で、苦労して会社を興した女社長さんです。
道路側の建物を通り抜け、中庭に面した入り口から入って日本式の5階、アパートの最上階のDachwohnung(屋根裏部分)がお住いです。エレベーターがないことをしきりにわびていらっしゃいましたが、うちもエレベーターなしのアパートなので、子どもたちも意に介せず、すったかすったか上っていきました。3歳の次男は、もう、Uバーンやシュトラッセンバーンの入り口タラップも一人で上れるし、古城の塔へ上がる急な階段だってへいちゃらなのでした。
子供のいない、おもちゃのないお宅へお邪魔するのは、内心ドキドキものだったのですが、
なんとか大過なく過ごすことができました。
「夜になると、ここから、SONYセンターが見えるのよ」と食卓のあるテーブルがつけてある壁の腰高窓のブラインドを上げてくださったのが印象的で、後日帰国してから、同じように腰高窓のそばにテーブルを配置してみたのですが、日本ではダメですね…窓から西日が入って暑いのなんのって。

暗くなってから、Friedrich strのバス停まで送ってもらいながら、いろんな話をしました。
モリオーガイの記念館があるから、日本人がよく来るとか。
シュプレー河畔にあるレストランのネオンが綺麗だったこと。
100番バスに乗ると、ベルリンの見どころをひととおり回れるから、と教えてもらって、そのバスで帰りました。東から西の方向で、ブランデンブルク門の下を通ります。(西から東行きはブランデンブルク門を迂回して通る)ライヒスターク、ジーゲスゾイレ等を通って西ベルリンの中央駅Zoo駅に着。そこから歩いてホテルへ帰りました。

翌日曜日。
当時は「ドイツのすべての州に足を踏み入れる」という目標があったので、
行き先はブランデンブルク州(!)ポツダムのサンスーシ宮殿です。
ホテルにパンフレットが置いてあった観光バスツアーはすでに定員いっぱいだったので
自力で行くことになりました。
カイザー・ヴィルヘルム記念教会を横目で眺めて
Zoo駅からポツダム方面へ行くこと30分余。途中のポツダム中央駅で、大勢の人が下車するのを見送って我々が降りたのはPotsdam Park Sanssouci駅でした。サンスーシと書いてあるからにはここがサンスーシだろう、またこの駅で中高年グループの人たちが降りたので、疑いなく下車しました。
駅前に高い柵で囲まれた緑の庭園…あれが目指すサンスーシだわ。
そう思って、グループのおじちゃんおばちゃん達の後について入っていきました。
人もまばらな園内をしばらく進むと、いかにも王様の居城らしき立派な建物が見えました。
これはNeues Palais、新宮殿と呼ばれる建物で、フリードリヒ大王が建てたバロック宮殿です。
寒いのでとにかく早くサンスーシ宮殿に行こうと、外観を見学しておしまい。

ここまで読んで、お気づきでしょうが、
私たちは、サンスーシへの行き方を思いっきり間違えております。
普通は、ポツダム中央駅で下車し、バスで近くまで行くのが正しいのです。
新宮殿を見た時点では、全然気がついていません。

広い庭園内を延々と歩いて、ようやくサンスーシ宮殿が見えてきました。
後で地図で確認すると、バス停6個分歩いたことになります。
(ついでですが、シャルロッテンホーフ宮殿に気がつかず、見逃しております。馬鹿だ。)
そして、ここで初めて、見学がガイドツアー形式であり、時間が指定されることを知りました。
かれこれ1時間、風車のほうに行ったりしながら、宮殿の裏手で待ちます。
ようやく入場時間になり、
床を傷つけないように、大きなスリッパを靴の上から履き、(お子様は免除)
日本語の案内を渡されて、ぞろぞろと人の後についていきました。
「宮殿」と言えばすべからくヴェルサイユ宮殿のごとき豪壮なものだと思っていましたが、どうも違ったようです。一言で言えば狭い。立派だが狭い。
せっかくだから長男にだけでもいろいろ説明して教えてやろうとするが、徒労に終わりました。
庭園のだだっ広さに比べて、メインの宮殿のかわいらしさは、一体なんだったのでしょうか。
毎度絵葉書くらいしか買えないのですが、売店も物色。
絵地図の絵葉書があって、よく見ると駅名が違っています。
(現)Potsdam Hbf←Bhf.Potsdam Stadt
(現)Charlottenhof ←Bhf.Potsdam West
(現)Park Sanssouci← Bhf.Wildpark
東西統合で、駅名も変えたのですね。



さて、サンスーシ宮殿の見学が終わり、正門に出ました。
ここでまたまた間違い。門のところは、近くにバス路線が走っていないのです。
適当にトボトボと寒いポツダムの街を歩きます。(シケてるなー)とか思いながら。
荒廃した、とまではいかないけれど、やはりそこはかとなく経済格差を感じさせる街並み。
しかもブランデンブルク門を通らない道を歩く。
観光客失格ですねまったく。
それでもNeuentorのあたりでようやくバス通りにぶつかって、ようやく中央駅行きのバスに乗ることができました。中央駅前のバス停が立体交差の上で駅の姿が見えなくて、次ぎのバス停で降りて戻ったんですけど。本当はポツダム市内もいろいろ見どころがあります。これから行く人はしっかりいろいろ見学して下さい。駅舎は工事中で、周辺も立て込んでなくてひろびろとうら寂しいところでした。

さてベルリンへ帰る電車に乗るのもひと悶着。
一番早く来た列車にポン、と乗ったのですが、どうもこれはIR(急行)だったらしい。
手持ちの切符はSバーン(近郊電車)のもので、DB(ドイチェバーン:いわゆる国鉄)とは経営が違うんだそうだ。そんなの同じ線路を走らせんな。検札の車掌さんにくどくどと説明されたが、普段電車に乗らないのでさっぱり理解できません。追加料金を払う。

ここで電車の乗り方について。
デュッセルドルフを例に取ると、バスやUバーン、市電は、Rheinbahnという地域交通会社が経営しています。この会社はVRR、ライン・ルール地方交通連合に属し、このエリア内の交通を利用する場合、共通のチケットが利用できます。1枚の切符で、ケルンに行ったり、デュイスブルクに行って、市電とバスを乗り継ぐことができるのです。区間料金はゾーン制で定めています。RE(快速)まではこの切符で乗れるらしいです。(実際にやったことがないので未確認)
この協定区域以遠のところへ行くには、DBを利用することになります。DBが発行した切符では、バスや都市近郊交通を利用することはできません。
駐在員は、車ばっかりなので、電車のことにはホント無知です。(参考:「わたしのヴッパータール」四日谷敬子著)


帰りにオイローパ・センターに寄って遊んでから帰りました。寒いので、歩きつづけられないのでした。 道すがら、絵葉書にカプセルをはめてあるものを購入。ひとつはミニミニトラバント入り、ひとつはベルリンの壁のカケラ入り(もちろん偽物でしょう)。


…問題の3日目、月曜日。
見知らぬ土地で、母ひとり子ふたり、半日時間を潰さなければいけません。よよよ。
夫は「4時頃には戻れる」とは言いますが、さて、どうなることか。
午後までホテルの部屋を確保しようか、とも言って貰いましたが、面倒なので、チェックアウトを済ませてしまい、旅行鞄だけ預かって貰うことに。落ち合う場所はこのホテルのロビーに決めて、はい、行ってらっしゃい。

まず向かったのはベルリンの水族館です。動物園のとなりですが、寒いから動物園はパス。
水族館だけ入場することができます。
1階の水槽にはくらげさんがうにょうにょ。妙に綺麗でした。
2階の爬虫類のコーナーで、柔かい甲羅の亀というのが珍しかったです。
3階は昆虫のコーナーだったらしいのですが、あまり記憶にありません。やはり1階が、暗いところに水槽だけぼうっと光って印象深いものでした。
お土産コーナーでパズルを買って、1時間ちょっとしかつぶすことができませんでした。
次。早ランチ。駅前のマクドナルドへ行きました。
ちゃんと子供のプレイスペースもあってgood。
やはりマクドナルド以外のところへは行けませんね〜。旅先でマックに行かないことってないです。
それでも1時間程度しかつぶせませんでした。
次。100番バスに乗りました。まず降りたのが、ジーゲスゾイレSiegessäule
周辺がロータリーになっているので、地下道を使って塔の下へ。
戦勝記念塔と訳されるこの塔は、高さ67m、
プロイセンがいくつかの戦争に勝利したのを記念して建てられました。
時間つぶしにこの塔を登ろうというのであります。
何しろ次男の足が達者なので、嬉しくていろんなところを登らせたくなってしまうのです。
そして見事登った。展望台をぐるぐる回る。ベルリンの市街が見渡せます。
次。再び100番バスに乗って旧東ベルリン側へ行きます。
ブランデンブルク門の下を通るものとばかり思っていたら、一方通行で駄目でした。土曜日に通ったからよしとする。
ウンター・デン・リンデンの両側は建物が並んでいるけれど、
ネオンや広告で飾りたてた近代的なビルを見慣れているので、
とても地味に見えました。
ベルリン大聖堂、赤の市庁舎などの前を通過して、アレキサンダー広場で降りようとしました。
バスに揺られている間に眠ってしまった次男を抱いてバスを降りようとしたら、
ぐずって、あばれて、目をダウンジャケットでこすられて…
コンタクトレンズがすっ飛んでしまいました!
とにかく3人でバスを降りて、一応衣服のどこかにはりついてないか見てみたのですが、
室内ならともかく、外じゃ見つかるものじゃありません。
自慢じゃないが、矯正しなければ歩くこともままならないくらい目が悪いのですが、
とりあえず片目はレンズが残っているので、駅へ行くことにしました。
アレキサンダー広場駅は、SバーンUバーンの乗換駅で、
ウンター・デン・リンデンに比べて繁華街っぽいたたずまい。
KaufhofやSatarnといったおなじみの看板が目に入るので、ちょっとほっとします。
Zoo駅を通るUバーン(地下鉄)の乗り場へはえらく遠くまで歩かされて、
東京駅の京葉線の乗り換えを思い出します。
途中ケーキマフィンを買って子どもに食べさせて、
歩いて歩いてやっとホームにたどり着きました。
車両のドアには、あの「指づめ注意」のステッカーが貼ってあります。日本語です。ははは。
これで西側に戻って、あとはホテルで夫が帰ってくるのを待とう…と考えながら乗ってたら、
地下を走っていた電車はいつのまにか地上、それも高架の上を走っていました。
まるで渋谷駅近くの銀座線じゃありませんか!
巨大な工事現場ベルリンが一望できます。あっちにもこっちにもクレーン車。
そのうちZoo駅に到着し、ホテルへ歩き出しました。
待つこと1時間弱、夫と合流して鞄を受け取り、空港へ向かいました。

今度ベルリン観光をする機会があったら、クーダムをひととおり歩いて、ケーテ・コルヴィッツ美術館と、博物館島と、森鴎外記念館と、ライヒスタークくらいは見たいものです。