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これが年末年始の快晴の日の写真…半袖半ズボン!です↓↓


'98-'99クリスマス休暇旅行 スペイン領グラン・カナリア島


準備☆

駐在生活2度目のクリスマスが近づいてきたある日。
夫が切り出した。
「今年の冬は、グラン・カナリアへ行くぞ」

ドイツに来て早々に風邪をひいてから、皆で次の夏が来るまでなんとなくゲホゲホ、ズルズルしっぱなしであった。夫はブラッセル出張に行った2回目に、向こうの人から「まだ風邪ひいてるんですか」とあきれ顔で言われてしまった。夫が医者にドイツの気候に対しての苦情を述べると、医者は『それならば、冬はグラン・カナリアに滞在しなさい。かの地の温暖な気候があなたの体を癒すに違いない』とおごそかに言ったのだそうだ。
グラン・カナリアはスペイン領の島だが、場所はアフリカの横にある。
幼稚園のお友達の家でも、グラン・カナリアに行った事のある人がいて、
「オースターからもう泳げるのよ」
「フリーポートだから、関税のぶん安く買い物ができるのよ」
と、細かい情報を教えてもらったりした。
後から知ったことだが、グラン・カナリア島は日本のまぐろ漁業基地になっていて、いくらかの日本人家族が住んでいるし、日本人学校もあるということだった。(2002年の情報では日本人学校は閉鎖)

この頃には、奥様会の大イベントを乗り越えたことで時間的・精神的若干の余裕ができたせいか、もともと本屋に入り浸るのが趣味だったせいか、現地の本屋に毎週のように出かけては、ドイツ語の子どもの絵本とか、ろくに読めもしない雑誌を買って、家でながめていたのだが、旅行ガイドのコーナーで
"Urlaub mit Kindern"―子どもと過ごす休暇―という本を見つけた。

子連れ旅行のシリーズ中の一冊であった。自分の語学力では本をまるごと理解するのは難しいけれど、地図と地名だけでもわかればもうけものだし、あとは現地に行けば、英語のガイドブックがあるはずだから、それと併用すればけっこう観光・滞在情報が集まるのではないかと思った。
買ったガイドブックを夫に見せて、「このへんが子どもにおすすめらしい」と教える。それを参考に夫が旅行代理店と相談し、島の北部にあるPlaya de las Canteras(カンテラス・ビーチ)のホテルが予約できるという運びになった。

スペイン領とはいえ、アフリカ大陸の西、大西洋上に浮かぶ グラン・カナリアはカナリア諸島では3番目に大きい島で、首都ラスパルマスがあり、他にテネリフェ島が大きく、リゾートとして整備されているが、購入したガイドブックでは、グラン・カナリア島だけを扱っていた。まあそれで充分。
旅程を聞くと、26日デュッセル発、1月3日着の直行便往復だという。ちょっと長い。一応、会社では連続休暇は1週間という不文律があるらしいのだが、「これしか切符が取れなかったんだ。仕方がないんだ。薬の代わりと思って、これで健康になって病欠がなくなればまったく問題ない」と言い張る。彼は若手というわけでもないので、同僚にゴリ押ししたのであろう。(笑)

ドイツは24日の午後から26日までクリスマスの連休になる。きらきらと輝いていたクリスマスマーケットの屋台もきれいさっぱり片付けられて、皆家族のもとに帰ってしまう。商店は休業、街は静かになる。が、たいていの日本企業は25、26日が土日でもない限り、日本が労働日であるならばそれなりの仕事があるらしい。この3日間、日本料理店某は、入場完全予約・時間制限で入れ替え制の和食食べ放題を打ち出した。出発の前日の25日、2巡目の回で入場したら、すでに握り寿司はまぐろが食べ尽くされて、白いイカの握りばかりが並んでいた。イカの握りだけをひたすら食べたのは一生のうちであの時だけだ。他には汁物とか天ぷらとかあったような…


そしてグラン・カナリアへ☆

絵葉書に泊まったホテルが写っているのだ
グラン・カナリア島はおおむね丸い時計のような形をしている。3時のところに空港があって、1時のところに中心的な街であるラス・パルマスがあり、そこを通り抜けると目指すビーチに行き着く。
チェックインして、とるものもとりあえずビーチへ。カンテラス・ビーチは3200mに渡って砂浜が広がり、浜に沿って遊歩道が整備され、さらにその背後にカフェやレストランが隙間なく並び、その奥にさまざまな商店街が街を作っている。子連れの身では、いきなり端から端まで歩くことなどできないし、途中に面白そうなものがあるので、つい止まってしまう。
まず、大掛かりなクリッペ(キリスト生誕の物語を表現した人形セット)がある。通常、聖マリアと聖ヨゼフがおさなごに手を合わせた人形に、3人の王様とか天使とか牛とか馬とかが取り囲んだものだが、精巧なジオラマをバックに、受胎告知から始まるイエス生誕の物語を全部再現していた。こうなると大きさも半端でなく、大型のテント1台分か、クリスマスマーケットの屋台2〜3軒分か、という規模になり、セットのところどころは電気で動くしかけで(東武ワールドスクエアとかのミニチュアを想像して下さいな)もちろんお手を触れないで下さいということで、セットの前にはロープが張ってあり、そしてスピーカーからは絶え間なくスペインのクリスマス音楽が流れていた。
次に、ビーチの人通りの多いところに、砂で作ったばかでかいイエス・マリア・ヨゼフの像があった。これは見世物で、心ある人が何がしかのお金を投入れるべく帽子が添えてあった。
さらに行くと、ビーチと遊歩道の境に幼児向けの遊具広場があった。もうこれ以上進むことはできない。お子様が遊ぶのに夢中になってしまったからだ。
ホテルのすぐ下のイタリアンレストランのテラスでお食事。
次男2歳半、長男5歳、ピッツアマルゲリータさえ与えておけば何の問題もない。


2日目☆

今回はホテルの食堂を予約せず、外に出て朝食を食べるということを試してみた。
ホテルのすぐ裏がショッピングストリートで、隣接してなんとドイツパン屋さんがあった。ここではドイツ語で注文できる。
店内にカウンターもついてるので、まずはコーヒーとパンだけの軽い朝食を食べた。
ブレッツエルやグミベーレンもちゃんと売ってる…さすが、だなあ。そしてコーヒーを飲んでいるとドイツ人が「ぐりゅーすごっと!!」と大声で挨拶して入ってきた。きっと宿泊したホテルはドイツ人で満杯なんだろうなあ…
ビーチに電光掲示板の寒暖計があって、気温がわかる。晴れていて26℃といったところか。日本人が泳ぐにはちょっと寒いが、体感温度の違う北ヨーロッパ人は平気で海で遊んでいる。人が遊んでいるので、子どもも海で遊びたがる。遊べ遊べ。せっかく来たんだ。砂浜にずらずらと寝椅子が並んでいて、日光浴している人たちも大勢いた。
夫に子どもを預けてホテルの部屋でゴロゴロする。部屋はあまり広くない。普通のダブルの部屋にエキストラベッドとベビーベッドがあるのではっきり言って狭い。毎回のことだが、たいてい夜は夫と子どもたちが大きなベッドで寝て、私がボロのエキストラベッドで寝る。しかし朝になると、大きなベッドで夫が一人で寝ていて、エキストラベッドの上に3人いる。ベビーベッドは常に着替え置き場になっている。旅行するたび私は首と背中が痛くなるのだ。
砂まみれになった3人が帰ってきた。ベッドルームへ来る前に、バスタブに入らせ、服を脱がせてざっと洗う。部屋の入り口のドアの下にブラシがついているので、入り口付近の砂は廊下に自然に掃き出せるようになっている。

ホテルからちょっと歩いたところに大きなスーパーがあって、滞在中の観光客で賑わっている。営業時間が長くしかも少なくとも観光シーズン中は無休のようだ。ティッシュボックスや飲み物やおやつを買う。水は大きなプラスティックタンク入りのものもあった。


3日目☆

ちょっとラス・パルマスLas Palmas市内へ出てみる。バスターミナルから中心地へ。(バス情報もドイツで買ったガイドブックに書いてあるのでありがたい)
英文ガイドブックの地図を見ながら、まずはVeguetaにあるコロンブスの家Casa de Colonへ。
スペイン女王の援助を得て新大陸へと向かったコロンブスが補給のために立ち寄ったグラン・カナリア島。コロンブスの家は典型的なコロニアル様式の建物で、白い壁に古い木の装飾的なバルコニーがとても綺麗だし、南国ぽい植物が生い茂る中庭があったり床がタイル張りのところが気に入った。すごーく旅行してる感じ。
しかし外は暑い。寒いドイツから来た身には、正午近くの日差しは厳しすぎるかもしれない。なにしろ26℃、いやそれ以上?スペイン語がわからない(私だってたいしてわからない)夫は、ガイドとして熟練度の低い私に腹を立てる、つまり地図を見ながらさまよっているうちに不機嫌になってきた。げんなりして目についたバルに入って軽く食べることにする。夫はドイツ語と英語の通じないところに来ると貝になってしまうのだ。バルを説明すれば要はカウンターとゲーム機のある安食堂。暗いが暗い分だけ涼しい。テーブル席に座って適当に飲み物と(水とコーラとオレンジジュースしか言えない)スペインオムレツを注文する。後で勘定をしたら、あまりの安さに目がテンになった。
一息ついて、賑やかな通りに行く。ホコ天のショッピングストリートなので、次男がベビーカーから降りて自分で押して歩いている。こいつも2歳半、だいぶしっかり歩くようになった。行き先によってはベビーカーがいらないかもしれないと思う。子どもが乗らないベビーカーは、ひっかけた荷物類の重みで後ろにひっくり返りそうになるからかえって危ない。
英国系の商店マークス&スペンサーを見つけたので、下着等を買う。のん気に買い物できるのは旅行中だけなので、つい日用品を買ってしまうのだ。あとCDショップとか駄菓子屋とか冷やかして…

いろいろ観光するところはあるのだろうが、子連れなのであまり精力的に見て回ることはできない。
バスターミナル近くにある聖テルモ公園Parque San Telmoの一角に子供向けのジャングルジムがあるので子供を遊ばせる。夢中になって遊んでいるので公園を一周する。
そんなに広い公園ではないが、ここにもでかいジオラマクリッペがあった。丸い小屋に人形セットを配置して、観客はぐるりと歩いて回って見学するようになっている。自分はカトリック教会系の幼稚園に通ったので、聖書の物語は何となく頭にはいっていて、こういうのを見るとなつかしく楽しい。クリスマスは本格的に宗教的なのが楽しい。
また、公園の一角には華麗なキオスクがあった。ガイドブックによるとユーゲントスティル様式。(ドイツ語だからね。つまりアールヌーボー)ガイドブックに載っているものの実物を見るのも楽しい。

  

市内からホテルに帰ると夫が渋い顔をしている。虫歯が痛むのだそうだ。12月はじめに「ちょっと痛い」と言っていたから、悪くなってるわけだ。歯科医も休暇を取るから早めに予約を取ったほうがいいよ、と言っておいたのに行くのをサボったらしい。馬鹿。これを見越して痛み止めを多めに持って来ておいたけれど、何と「薬に身体が慣れるとよくないから、あまり飲みたくない…」と言うではないか。大馬鹿だ。市販薬の痛み止めが麻薬ほどに効くはずないじゃん!と、痛み止めは痛くなったら指示通りに飲むことを言い渡し、ついでにビーチ沿いの遊歩道に薬局があったので、そこで薬のおかわりを買ってくるよう命じる。渋る夫に「観光地だし、薬局だからきっと英語が通じるよ。ドイツの痛み止めの薬を持っていって、これと同じ様なのを買ってくればいいんだから…」と言って無理にひとりで買いに行かせた。期待したほど英語が通じなかったらしいが。薬を買うことはできた。ほんとに馬鹿だったら…


4日目☆

パン屋に行ったりバルに行ったりしてチープな朝食を楽しんできたが、たまにはホテルで朝食を食べてみる。(高いのよ)
食堂に生オレンジからオレンジジュースを搾り出す機械があって、子供が見とれて動かなくなってしまった。例えるならば、それはパチンコ台に似ている。台の中心部におたまを6本刺したおもちゃの水車様のものがあって、機械の上からゴロゴロ丸のままの生オレンジを入れると、自動で半分に切ってから下のほうに運搬し、ジュースを絞ってタンクに貯める。時々ホテルの従業員がオレンジを補充したりジュースの入ったタンクを取りにやって来る。この機械は、ルール地方のオーバーハウゼンに地域再開発で作られたショッピングセンター、CentrOの中のカフェテリアにも置いてあった。

今回の、朝の遅いのんびり休暇が気に入った。
これまで、託児につられてクラブメッドに3回も行ってしまっていたけれど、あそこの生活ではスケジュールがきちんと決まっていて、特に朝は忙しく、のん気にしているとせっかくの託児も頼めなくなってしまう。夫は気ままに一人でアクティビティに出かけてしまうし、託児がある割には常に子どもの世話に追われている感じがあった。それに、クラブ村はたいてい人里離れたところにあるので、観光やショッピングには不便なのだ。長男もかなりしっかりしてきて、次男は赤ん坊とは言えなくなってきている。2時間くらいまでなら夫に子どもたちを預けて、ひとりで街を散策することだってできるのだった。それに夫がスペイン語が駄目で、挨拶を習う気すらないようだから、ひとりでふらりと出かけることなどありえないおかげで、安心して子守りを頼むことが出来た。
ところで数日グラン・カナリアに滞在しているうちに、コーヒー(エスプレッソ)の味がどのカフェでも変なことに気がついた。どうもここは水が良くないようだ。スーパーで買ってきたミネラル・ウオーターの瓶のラベルをつくづくと眺めると、Terorというところの水らしい。ガイドブックを調べると、”おすすめツアー10”の最後に入っている…Teror…カンテラス・ビーチからそう遠くない。車で片道1時間くらいで着くみたいだし、半日で観光できると書いてある。

タクシーで出かけることにした。タクシーの運転手はカタコトの英語を話したので、Terorを含めて、周辺を簡単に回ってくれることになった。まず、海岸沿いの道を西へ走る。道路は崖に沿って通してあるので海からけっこう高さがあるはずだったが、特大の波が道路まで立ち上がって行く手をばっしゃーんと濡らした。びっくりした。ホテルのあたりは洲のようになって低いところだけれど、グラン・カナリア島自体は山がちな島で、タクシーはどんどん坂を上がっていった。

Terorへ行く前にArucasへ連れて行かれた。運ちゃんがにこやかに「あれがArucasのカテドラルだ」と言って、すぐそばを通る。
グレーの石でできた立派なつんつんのゴシック様式のカテドラルだ…が、カナリア諸島にヨーロッパ人が入植したのは500年前のはずだから、時代が合わない。調べるとやはり20世紀に入って建造されたカテドラルだった。が、外見は立派なゴシック。ラス・パルマス市内にあるような白壁のコロニアル教会より、古臭い伝統的な建築様式のほうが神々しくありがたいと思われたのだろう。土地の人がとても自慢にしているらしく、運ちゃんはわざわざ寄り道をしてここまで連れてきてくれたのだ。日本人は一般に非キリスト教徒であると知らないのだろうか。知らないだろうな。
それから高台にある展望スポットMontaña de Arucasへ案内された。標高が高いので風が強かった。子どもは外に出られさえすれば、きゃあきゃあ言って走り回っている。運ちゃんが風景写真を撮れ撮れと催促する。さらに、夫婦ふたりで並んで撮れと言う。私は太ったまま一向に痩せる気配がないので自分が嫌になって、滅多に写真を撮らせないのだが、運ちゃんのしつこさに負けて夫と並んで仲の良さげな写真を一枚撮ってもらった。ここからはカンテラス・ビーチを含む島北岸の眺望を楽しめる。

Terorに着いて、運ちゃんとさよならをした。

ガイドブックによれば標高540m、人口1万5千人(ドイツの旅行ガイドには必ずこういう数字データが書いてある)の小さな街だ。高台にあるので、やはり斜面の素敵な眺めが楽しめる。たいらな国に住むドイツ人にとってはこたえられない眺めだろう。
中心にあるのは、バロック=コロニアル様式のNuestra Señora del Pino大聖堂(と言ってもかわいらしいものだ)で、白壁にこげ茶の石でコントラストがついた姿がとても優美で美しい。壁の周辺には怪物の彫刻があって、雨どいを伝った水がこの怪物の口からこぼれ落ちるようになっている。こういった奇怪な化け物の装飾は、キリスト教が異教を制圧したことを象徴して表現されていると言われている。
ここは、静かでとても美しい街だ。カナリア諸島地方に典型的な、木のバルコニーのある伝統的な家が多くある。グラン・カナリアの宗教的中心地ということだが、それを象徴する物はうまく見つけることができなかった。
何はともあれランチかたがた小休憩したい。両側に白い家が立ち並び、石畳の狭い通り(店があるので商店街と思われる)を行くと、角に食堂が見えたので、早速入った。
中はごちゃごちゃして狭っ苦しい感じで、食堂兼駄菓子屋といった感じに見えた。安っぽい感じなので夫はあまりいい顔をしないが、「まあいいじゃない、定食でも注文すれば」とテーブルに通してもらう。小柄でやせたおじさんが注文を取りにやって来て…
「コンニチハ、アナタタチ日本人デスカ?」と日本語で言った!びっくりした!
聞けばこの食堂の主人ペペおじさんは、若いころラス・パルマスの港で仕事をしていたそうだ。年をとってTerorに引っ込み食堂を開いたが、今でも日本語の通訳が必要な時には下からお呼び出しがかかるのだと言う。日本語で応対してもらえて、子供たちの喜び様といったらそれはなく、あっという間にペペおじさんになついてしまった。駄菓子を貰ってニコニコ顔である。自分もすごく気分がほぐれて楽しかった。単に日本語のせいばかりでなく、ペペおじさんの人柄のせいだと思う。
お店のカード
帰りは下りの坂道なので、帰りのタクシーからArucasのカテドラルがよく見えた。もう立ち寄らないでまっすぐ帰る。


5日目☆

連日観光に出かける。ビーチで水につかって遊んだのも最初のうちだけで、日中の気温が20〜26℃とちょっと肌寒い(でもTシャツ一枚で出歩いている人は大勢いる、そして地元らしい黒髪スペインマダムがウールのスーツにスカーフを首に巻いてストッキングをばっちり履いているのがすれ違ったりもする)せいで、砂遊びオンリーになってしまった。

ガイドブックにQueso de Flor(英語でfower-cheese)というチーズが紹介されていたので、そのお店に行ってみることにした。カナリアで一番いいチーズと誉めて書いてある。時計盤で言うと11時くらいの位置にある、Guiaという街まで、またタクシーで行った。この街も海岸線からあまり遠くないくせに高台にあって道は坂道。適当なところでタクシーを降りて、地図を見ながら足でお店を探した。Terorとどっこいどっこいの規模の小さな街みたい。あまり観光の目玉らしきものはなかった。天気が悪かったので、高い建物にはさまれた路地など、ちょっと暗くて怖い感じ。でもまあうろうろしていたらお店が見つかった。
やや間口が広いものの、チーズ屋というよりは雑貨屋という風情で、チーズの味見のためにワインなぞも飲めるようだった。フリスビーを厚くしたような形状の黄色いチーズが置いてあったので、見まちがうことはなかったけれど。チーズは熟成度が違うものが買えるが、私は若いのを選んだ。後から若い4人連れの観光客がやってきて、ドイツ語を話していたので、やはり有名なお店らしかった。お店の主人は、ガイドブックに出ていたのと同じ人だが、写真に比べてだいぶ老けていた。そんなもんだよね。
そのまま帰るのも芸がないので、街の中心である教会を見てから帰った。標識もあるし十字架が掲げてあるから確かに教会なのだろうけど、ドイツの教会を見慣れた目には、ちょっと瀟洒なホールという感じの建物に見えた。

地図にホテル街の裏の方にお城(Castillo de la luz)というのがあると書いてあったので夕方見に行った。
海→ビーチ→遊歩道→ホテル→商店街…と通り抜けて、だんだん街並みが小汚くなっていった先にそれはあった。周辺は港で、大型の貨物船がたくさん係留していた。お城はまあ、素っ気ない石造りで、王子様やお姫様が住むよりは、守備隊が詰めてるのがふさわしい感じ。周辺が小さな公園になっているので子どもたちを遊ばせていたら、地元の女性に声をかけられた。この界隈、ちょっと雰囲気の悪いところなので(←早く帰れよ自分)取り合わないでいたら、くり返し話し掛けてくる。何でも、この公園は暗くなると「ジャパニーズマフィア」が「ヤク」の取引に来るところなのだと言う。ひょえ〜〜と思って早々に帰った。


☆6日目

外国旅行の時には、一応旅の6ヶ国語辞典を持参し、暇な時は読んでいる。

ビーチ沿いの遊歩道のまん中あたりにマクドナルドがあるので、お昼に入った。
4人分の注文を一度にすると、店員が全部を覚えられなくて、出てくるのにものすごく時間がかかった。夫はこういう時さっさと席について根が生えたように座り込み、食べ物を持って来てもらうのを待っている。ずるい。
食べているうちに、お子様セットについているはずのデザートが一個足りないのに気がついた。堂々とクレームをつけて貰ってきた。スペイン語で無理やり交渉。母は強いんである。

ドイツのトイレはたいがい壁にタンクが埋め込んであってノートほどもあるような大きなボタンがついているが、宿泊したホテルのトイレはタンクが便器の後ろについていて、タンクのてっぺんについてるつまみを引っ張ると水が流れるようになっている。ところが、そのつまみをお子様がはずしてしまい、水が流せなくなってしまった。白状すると、今まで宿泊してきたほとんどのホテルで何かしら備品を壊しているのだ。おそうじのおばちゃんをつかまえて、トイレを見せて直してもらうように頼む。記憶があいまいだけどスペイン語でなんとか話したはずだ。少なくともドイツ語ではなかった。おばちゃんは全く動じず、ノープロブレーマと請合った。果たして日中外出して夕方戻ってみると、ちゃんと直っていた。素晴らしい。

外出先からロビーに帰って来たら、エレベーターの前に人だかりがしていた。小学生くらいの男の子たちがノートを手にお兄さん達を取り囲んでいる。どうも、スペインリーグのどこかのチームがゲームのためにグラン・カナリアを訪れ、私たちのホテルに投宿するらしい。男の子たちはいわゆる「追っかけ」だ。部屋に戻るためエレベーター前にいたら、長男が追っかけの子と間違えられたのか、頭をなでられてピンバッヂを貰ってしまった。

ビーチの端に、観光地によくあるカフェ・レストランが並んでいるが、2晩続けて同じ店に行った。ここではいわゆるスペイン料理が食べられる。小エビをオリーブオイルとニンニクで煮たのとか、おいしくないパエリヤとか。昨日海の幸のスープを頼んだら、小さいアワビが入っていてすごく得した気になったので、今日も同じ物を注文したら、今度はアワビは入っていなかった。ちょっとがっかりした。

ホテルの部屋には小さなバルコニーがついていて、プラスティックの椅子が置いてある。夜風に吹かれて外を見ていたら、ビーチからかすかな歌声が聞こえてきた。曲目からすると、教会の聖歌隊メンバーらしい。クリスマスの歌の、知ってるものと知らないものが交互に聞こえてきた。夜、そぞろ歩きをして高歌放吟できるのだから、やっぱり暖かいのである。聞いているうちに、彼らは自由に夜歩きできるのに対して、自分は家族にがっちり縛られて、どこへも行けないという気持ちがのしかかってくる。とても遠くに来てしまった気がして、すこし寂しくなってしまった。


7日目☆

この日は1月1日の元旦。あけましておめでとうございます。特別なことはしないが、奮発してホテルの朝食を食べることにして食堂へいったら、サッカー選手の一団がちょうど朝食をとっているところだった。この日だけ食堂の半分を間仕切りで仕切って、一般客と選手団を分けるようになっていた。が、いつもは見ない間仕切り(太いロープのついているアレ)が珍しくて、子どもたちがいたずらしに選手の方へふらふら寄って行ってしまった。またもや熱烈なファンと間違えられて、笑いながら「こっちへ来ないようにネ」と身振り手振りで追っ払われた。

毎日1時間くらい、子どもを夫に預けて自由時間を貰っている。
単に街を散歩するだけだが、歩いて20分くらいのところに、デパートのエル・コルテ・イングレスを発見した。観光シーズンは日曜といわず祝日といわずとにかく毎日開店しているようだ。ドイツの、特に観光客の来ないデュッセルドルフのデパートとはエライ違いで感動する。明日皆で来よう。

99ペセタショップ、つまり日本の100円ショップに相当するお店を見つけた。
本当にガラクタっぽいものばかり売っている。
でも立ち寄らずにはいられない(笑


8日目☆

グラン・カナリアに到着した日と同じ曜日がもう一度巡ってきた。
それだけなのに、ものすごい開放感を感じた。何だろう。突然空気の密度が変わってしまったみたい。 クラブメッドでも(例えば)土曜着土曜発というのが基本だが、移動の日は結局一日移動に費やすことになるし、前日は帰り支度に追われるので、正味は5日間遊ぶにすぎない。休暇が正味の1週間というのは初めての感覚だ。
休暇として同じ曜日を2回過ごすとは、何と感動的なんでしょう!

で、エル・コルテ・イングレスへ行った。
食料品売り場へ直行して適当に面白そうなものを買い物カゴに入れる。
サフランとか、(ドイツでも高いのだ。スペインでも高いかもしれないけれど、金銭感覚が麻痺してるから…)水で溶いただけで飲めるインスタントのガスパチョ・スープとか、ビスケットの類とか、飲み物とか。
帰り道、ホテル近くにスポーツショップがあったので、ねえねえとねだって子どもたちの分と私の分とナイキのスニーカーを買って貰う。子どものはマジックテープ止めのタイプのおそろいにした。実はうちは財布は夫が握っているので、彼がついていてくれないと大きな買い物はできない。それなのに夫本人が大の買い物嫌いときているから、日常、大変不便をかこっているのだ。

夕方、商店街で民族衣装を着た一団が土地のフォークミュージックを演奏して踊っていた。観光客相手のパフォーマンスのようだった。それとも新年を祝っているのか。
スペインの音楽は独特のリズムと旋法で、耳に珍しく聞こえるので面白い。
単純なリフレインを何度も繰り返す。
ぐらんかな〜りゃ〜 ♪ソソーソラソソー
ぐらんかな〜りゃ〜 ♪ララーシラソソー

ここだけ覚えて、ホテルの部屋で子どもが歌っていた。


9日目☆

とうとうデュッセルドルフに帰る日がやってきた。
グラン・カナリアでの休暇は、本当に楽しかった。さよなら、南国の島。
午後の飛行機なので、のんびり構えていたら、頼んだタクシーがなかなかやって来ない。
30分以上遅れて到着。夫は空港で待ち時間が長いと嫌がるので、けっこうぎりぎりにタクシーの配車を頼んだので、ちょっと危ない… やばいかも…
飛行機のチケットを見せて、時間の余裕があまりないことを運ちゃんに伝えた。
来た時には特に印象はなかったけれど、グラン・カナリアの空港はよく見るととても新しくて立派だった。
出発時間の30分前に搭乗手続き。カウンターのお姉さんもちょっと慌てた。
でも余ったペセタを使ってCDを買うくらいの余裕はあった。
デュッセル行きの搭乗客の列は、マルチのビデオデッキなどの段ボールを持ち込む人が多かった。それだけ安いのだろう。街を歩いていても電器店がたくさんあったしフリーポートだし物価水準てものもあるし。最後にトランクを預けただけあって、デュッセルの空港に着いたらいの一番に荷物が出てきた。


おまけ☆
このクリスマス休暇をとなりのテネリフェ島で過ごした日本人は、レンタカーで楽しくドライブ中、風景に見とれてよそ見運転していたドイツ人(!)の車と接触事故を起こし、しばらく現地の病院に入院してしまった。レンタカーが盗難という目に遭う人もいると聞く。とにかく、休暇は冒険するより無事に帰ることを第一に!