[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」



カーニバル2001−2002



HOME   BACK    NEXT

ホッペディッツの目覚め

デュッセルドルフのカーニバルの年度はこのように、2年にかけた形で表記します。
カーニバル開始のイベントは、11月11日11時11分におこなわれるから。



市庁舎前の広場で、
大勢の阿呆(Narren)が見守る中、
カーニバルの帽子をかぶった市長、カーニバルのプリンス、プリンセスが 立ち会って、
目覚めたカーニバルの精霊ホッペディッツが登場し、
デュッセルドルフ市民にメッセージを送ります。



その後、カーニバルの興奮は一時消えてしまいます。
アドヴェントに入ってヴァイナハツ・マルクトが立ち
街はクリスマス1色になりますが、
年が明けると、
「さあ、次はカーニバルだ」という気分が街を徐々に覆ってきます。
デパートやスーパーにはカーニバルの仮装用の衣装が陳列され、
バーゲン・セールのシーズンが始まるのとあいまって
街はますます賑やかさを増します。

2002年のローゼンモンターク(ケルン・デュッセルドルフの仮装行列の日)は2月11日!





バーゼルのカーニバル Baseler Fasnacht



バーゼルは、ライン川の上流に位置する、
ドイツとの国境にあるスイスの都市です。
ここ、バーゼルで行われるカーニバルは
ヨーロッパの中でも古い伝統に従っていて、
デュッセルドルフのカーニバルと比べてかなり違いがあります。

そのひとつは日程です。
バーゼルのカーニバルは月曜日の早朝、午前4時のMorgenstraichに始まりますが、
この日はローゼンモンタークの1週間後にあたります。
復活祭を基準にするので、毎年カーニバルの日が変わることは同じなのですが・・・
Morgenstraichの行列は、たくさんの、大きな色とりどりの提灯を立てて
暗い街を練り歩きます。
月曜と水曜の午後には、パレードがあります。

カーニバルのメインイベントである仮装行列の日は、
灰の水曜日直前の木曜日から火曜日までのどこか、が一般的ですが
灰の水曜日の後、というのはかなり珍しいのでは。

2つ目は仮装のコスチュームです。
デュッセルドルフでは、ピエロの衣装に顔に色を塗る(Schminken)パターンが主流ですが、
バーゼルではデモーニッシュ(悪魔的)な仮面に伝統的衣装を身に着けます。
その結果、にぎやかながらもメランコリックなムードがあります。
顔に色を塗ること、付け鼻、道化の帽子をかぶること、悪ふざけをすることは
避けた方がいいようです。

3つ目はカーニバルのバッジ。(Plakette)
金、銀、銅の3種類があって、街角で簡単に買えます。
道化の帽子の代わりとして、
カーニバルに参加しているということを表すものでしょうか?

バーゼルのカーニバルは、住民のための祝祭であり、
それぞれのクラブごとに
揃いの衣装で行列に参加します。
ここでは、見物客は、悪のりして乱入したり、
カーニバルの雰囲気をこわしたりしないよう、配慮しなければいけません。

4つ目はバーゼルがプロテスタント都市でありながら、盛大にカーニバルを祝うこと。

バーゼルでは、中世に、カーニバルに関する書物が出版されています。
1494年、Sebastian BrandtがNarrenschiff(阿呆船)を出版、
本書の中で、バーゼルのカーニバルの様子を知ることが出来ます。
「阿呆船」に記されているロバの耳の帽子をかぶった道化は
火曜日の子供のカーニバルKinderfasnachtの衣装にその名残が見られます。







Karneval - Fasching - Fasnacht

当ページで「カーニバル」と言っているお祭には、
ドイツ・スイス・オーストリアを合わせたいわゆるドイツ語圏で、
大きく分けて3種類の呼び方があります。
ケルン・デュッセルドルフを中心としたラインラントと北ドイツではKarneval
バイエルンとオーストリア周辺ではFasching
スイスのドイツ語地域と南ドイツではFasnachtと言うのが一般的です。
英語ではcarnival、謝肉祭という訳語もあります。

ドイツ3大カーニバルとして紹介されるのが
ケルン、デュッセルドルフ、マインツのカーニバルですが、
ケルン・デュッセルドルフではKarnevalと呼ぶのに
マインツではFastnachtと呼びます。
ローゼンモンタークにパレードが出て、Rosenmontagszugと言うところは共通です。

Karnevalという言葉は、
俗説では"Carne""Vale"「肉よさらば」というイタリア語に由来し、
復活祭前の4旬節Lentの前の馬鹿騒ぎを指すといいますが、
実際には、ラテン語の"carrus navalis"「阿呆船」が語源であり、
バビロンの都で、飾りたてられ、車輪のついた、巨大な船が
マルドゥク神の寺院まで曳かれて来たことに由来します。
Fastnachtは"fast""nacht"であり、断食の前夜を指し、
具体的には灰の水曜日の前日の火曜日のことです。
この日にカーニバルのメイン行事がある都市も多いです。
Fasnachtと言うエリアでは、「顔に色塗り」より仮面を用いて仮装する傾向があります。
Faschingは、
中世高地ドイツ語の"vaschanc"または"vastschang"
「 断食の前に供される最後の飲み物」

語源と考えられています。
このエリアは、盛大な仮面舞踏会が催されるようです。

Schwaebisch-Alemannische地域(黒い森、ボーデン湖周辺など)では、
伝統色の強いカーニバルが行われ、Fasnetと言います。

カーニバルの行事は、カトリック信仰のある地域で盛んですが、
プロテスタント地域でもカーニバルのパレードを実施することがあります。
これは、たいてい日曜日に行われるようです。
リオのカーニバルなど、有名なカーニバルのイメージを借用する場合もあります。

カーニバルは、各都市の地域色が強い祝祭であり、
行事全般に渡って、方言や、土地特有の表現が多用されます。




ルツェルンのカーニバル

2000年2月、ローゼンモンタークの1週間前。
予想外の帰国辞令にワガママモードが入っていた夫は、
「マドリード出張の帰りにチューリヒの知人を訪ねるから
子どもたちと一緒に合流しろ。」と命令しました。
「女房一人で幼児2人連れて飛行機乗れなんて、フツー言わないよ」
「・・・できるんだろ?」
「そりゃ、やれと言われれば、やりますが。」


というわけで、夫の出張に遅れること2日後の水曜日、
デュッセルドルフの空港を飛び立ってスイスのチューリヒ空港へ行き、
バゲッジの出てくるコンベヤのところで待ち合わせということにしました。
案の定と言うか、スペインからの飛行機は到着が30分遅れ、
それでもどうやら合流できて、
スイス・ドイツ語圏の中心都市、チューリヒの
予約してあったホテルへ行きました。
2月は日本の学生の旅行シーズン、私たちの宿泊したホテルにも
連日入れ替わり立ち替り、日本人学生の2人連れ(なぜかいつも2人連れ)がいました。
女子学生には鼻の下を伸ばし、(声をかけるほど勇気はない)
男子学生には「若いもんはユース行けばいいんだ、ユース」とこっそり毒づく夫。


翌日の木曜日はフリーだったので、
「ルツェルンの交通博物館Verkehrhausにでも行こうか」と
午前中に電車に乗ってルツェルンへ。
到着してみると、駅の建物の天井にあやしげな人形が何体もぶらさがり、
あやしい衣装を来た人たちが行き交います。
「ひょっとしたら・・・」
駅前のツーリストインフォメーションで確認したところ、
やはり、この日の昼過ぎに、
ルツェルンのカーニバルのメインイベント、仮装パレードが出るのでした。
早めのお昼を、と入ったマクドナルドは
仮装した人々でごったがえし。
何とか空きテーブルを確保して3人座らせ、
私が皆のハンバーガーを買ってきて食べ、散策へ。
街を1周してポスターを読んだりしてわかったのは、
この日はSchmutziger Donnerstag(汚い木曜日)(*)と言うこと。
時間を追って、紙ふぶきやゴミのポイ捨てによるゴミがだんだん路上に積もってきて、
その名のとおり「汚く」なっていきます。
(*)脂っこい食べ物を食べるので汚れるという意味らしいです。

デュッセルドルフでは
Altweiberfastnacht(女のカーニバル)と言って
朝、定時に出勤した(ここが不思議)女性たちが、11時頃はさみを取り出して
男性のネクタイをチョッキンと切り落としてしまう行事(?)がある日です。
切り落としたネクタイを握り締めた女性たちは
市庁舎を占拠すべく、旧市街に向かうのです。


寒い路上を徘徊するのは辛いので、
とりあえずお目当ての交通博物館に行くことにしました。
ルツェルン湖のほとり、駅の対岸にあるこの博物館は
カーニバルの日といえども、通常営業。
imaxシアターも併設していますが、今回は交通博物館の見学だけです。
古い市電、機関車、シティホッパー(小さな飛行機)、果てはスキー場にあるようなリフト、
動きはしないものの、いろいろな乗り物の実物に乗れるし
とにかく広いので、ゆっくり楽しむことが出来ました。

時間を見計らって旧市街に戻り、
パレードのしっぽの部分を見学しました。
デュッセルドルフのものより小ぶりではありますが、
はりぼてで飾りつけた山車がゆっくり進みます。
パレードが入れない狭い小路は、もうゴミでぐちゃぐちゃで、
あちこちにストリートミュージシャンがいてものすごいにぎやかさです。
全員参加型の楽しいカーニバルです。


ルツェルンに集う人々の仮装は
着ぐるみタイプか、
裾の長い、中世風の伝統的衣装をアレンジしたもので、
カラフルですごくかさばる感じの衣装を着ている人が多かったです。
また、家族やカップルでお揃いの衣装を着ている人たちが多かったように思いました。

あちこちさまよって、
川のほとりのカフェに入ろうとしたら、
この寒いのに、テラス席でおしゃべりに興じているグループがいました。
友達か、親類同士の親子か、
お母さん方は、仮装用衣装ではない、おそらく自前の毛皮の豪勢なコートに
貝殻をたくさん貼り付けて、
顔を白めにメイキャップ。
そばの井戸のまわりで遊んでいる子どもたちは
水夫服にやはり白めメーク。
しばらく見ていて、はた、と気がつきました。
(「タイタニック」の仮装・・・!)
豪華客船が沈没したため、水底に沈んでしまった人たちをモチーフにした
仮装をしていた人たちなのでした。







スケッチR o s e n m o n t a g  11.02.2002

De Zoch ku"tt!(u"はウムラウト)は多分方言で
Der Zug kommt!(カーニバルの)行列が来るよ!・・・だと、思う、多分。・・・多分。
アルトビールの広告の、カーニバル用のキャッチコピーです。

ローゼンモンタークの日は10℃前後と暖かいものの雨混じりの天気でありましたが
今年も、全長4.8kmのパレードに68台の山車を連ねて市内をにぎやかに練り歩きました。
今年のモットーは
"Narrische Olympiade in Dusseldorf" 「デュッセルドルフの道化のオリンピック」
ちょうど開催されているソルトレーク冬季オリンピックにひっかけたものでした。
カーニバルを楽しむ上で、はずせないのは
行列の中にいくつか混ざっているPolitische Mottowagen「政治を皮肉った山車」です。
お上をおおっぴらに批判するのは、道化の特権。
ドイツの政党を皮肉ったもの、米国のアフガン報復、政治的腐敗、ユーロ移行など
この1年の時事に対して8台の山車がかなりえげつなく風刺の毒を撒いてました。
その他にも、趣向を凝らして飾りたてた山車が通ります。
マーチングバンドは45グループ1400人、観客は100万人近く、
山車から沿道の観客にまきちらすお菓子は
ボンボン5トン、丸型チョコ7万個、板チョコ3万5千個、クマのグミ12万5千パック、ポップコーン11万パック
・・・などなどといった膨大な量。

忘れてはならないのが、この日、ケルンとマインツでも
同規模か、もっと盛大なカーニバルが繰り広げられていることです。
そして、前日の日曜日、次の日の火曜日も
どこかの街でそれぞれのカーニバルの行列を中心に、大騒ぎを繰り広げているのです。

ちょっと「カーニバルな語句」を拾ってみましょう。
Narr(Narren) 道化(男性):カーニバルの観客
Na"rrin(Na"rrinen) 道化(女性):カーニバルの観客
Jeck(Jecke) パレードに参加している道化
Die tolle Tage バカ騒ぎの日々=カーニバル期間
Zug 行列、パレード
Helau! ヘラウ!:カーニバルの挨拶
Wagen 山車
Altweiber 女のカーニバルに参加する女性


「鏡をのぞきこむ道化」は道化を象徴する図像。さらにひとひねりしてカエルに。





HOME