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カーニバル2004-2005
2005年の女のカーニバルは2月3日、ローゼンモンタークは2月7日!




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カーニバル:冬を送る行事

・序
・キリスト教だけがヨーロッパ文化を代表しているのか
・西洋と日本の季節感の違い
・冬を迎え、冬を送る


デュッセルドルフでは日本人向けにドイツの生活や文化についての定期的な講演があって、ドイツ人講師に通訳がついていました。2月頃のテーマは勿論カーニバルで、そこで「カーニバルはカトリック地域の宗教行事である」と簡明に説明されました。しかし、実際に目にしたカーニバルは、自分がキリスト教行事に対して持っている荘厳かつ厳粛なミサのようなイメージとは全く違っていたのです。(それは当然のことで、カーニバルは世俗的な宗教行事だったから)人々は奇妙な仮装をして浮かれ騒ぎ、町はゴミだらけになり、無礼講。熱心な人がいる一方でちょっと距離を置く人もいました。

また、デュッセルドルフのカーニバルシーズンの開始は11月11日11時11分、カーニバルの精霊ホッペディッツの目覚めのイベントですが、この日は聖マルティンの日でもありました。どうして二つの行事が重なるようなことがあり得るのだろうと、これも疑問のひとつ。旧市街市庁舎前でのホッペディッツの目覚めの儀式は必ず11月11日ぴったりに行われますが、聖マルティンの提灯行列はカトリックの教区ごとに少しずつ日にちをずらして行われていました。(多分行列の警備の都合でしょうね。列の最後にパトカーがノロノロ運転でついてきてましたから)

この提灯行列も不思議といえば不思議でした。聖マルティンは子どもの守護聖人なので、子どもたちが自分の作った紙製の提灯(ラターネ:中に小さな電球を灯す)を持って歩きますが、この行事はキリスト教徒でなくても参加できたのです。実際、提灯行列の日が近づくと近所の教会から聖マルティンのための寄付を求められ、ひきかえに子どものためのお菓子などを貰って堂々と参加したものです。カーニバルにしても異教徒の日本人がささやかな仮装と祭をを楽しんだとしても特に咎められないのです。

欧米はキリスト教の国、キリスト教は一神教。

しかしマリア崇拝や多神教的なテイストのある諸聖人崇拝、非キリスト教的な行事に出会うと、文化というのはそう単純な物ではないと思えてきます。
多分この違和感は、ヨーロッパにはもともとケルト人やゲルマン人が住んでいて彼らの宗教があったところが後にキリスト教化されたという歴史、キリスト教をもたらしたローマにしても4世紀になってようやく公認される以前は別の宗教が存在したという歴史的事実があり、キリスト教化以前の習俗が完全に消滅していないことに由来するので、たとえばアメリカに滞在してキリスト教文化に触れた人はまた違った印象を持つのだと思います。

こんな数年来の疑問にヒントを与えてくれたのが、植田重雄さんの著作です。また、科学史と錬金術に関する本を読むうちに、キリスト教と異教の土俗的な信仰との折衷の歴史を知ることとなりました。

今回はカーニバルの意味について少し書いてみたいと思います。





カーニバルの始まりは11月11日で、終わりは四旬節の前の灰の水曜日、およそ2月頃とされています。しかしこの期間はアドヴェントとクリスマスをはさんでいて、実際に街がカーニバルらしくなってくるのは、年が明けてカーニバルのプリンセスとプリンスが発表されてからになります。
11月11日はドイツでは冬の始まりの日として理解されています。サマータイムが終了して日照時間はいっそう短く夜の時間は長くなり、寒さが増してきます。この日は、古くは地代を払い貸借を整理するけじめの日でもありました。この頃の特徴として鵞鳥料理を食べる習慣があります。時節柄、おそらく食卓にはその年の新しいワインが並ぶことでしょう。秋の収穫を祝う意味合いがあると考えられます。


日本で「季節」という言葉からイメージされるものは、おそらく春夏秋冬という四季の均衡、特に春と秋の美しさを愛でる表現でしょう。夏と冬はむしろその気候の厳しさをどうしのぐかということに主眼が置かれるのではないかと思います。
ヨーロッパ世界では、季節とは夏の期間と冬の期間という対立するふたつであって、春と秋は短い移行期間に過ぎません。特に日照時間の差がきわだつ高緯度地域では、季節はこのように対立させてとらえるのが当然なほど両者の違いははっきりしています。昼と夜の長さが一致する春分と秋分よりも、もっとも夜の短い夏至ともっとも夜の長い冬至を節目として祝う気持ちが強い。夏至は公式な祝日ではありませんが、たとえばデュッセルドルフの場合なら、飲食店が終夜営業をしたりと特別なアクションがありました。
冬とは、夜であり、寒さであり、悪霊(デーモン)のしのび寄る魔の時間帯です。人々は冬を迎えるに先立って悪い霊が近づかないように追い払い、冬の終わりには冬の霊に見立てた人形を燃やして間違いなく春が訪れるよう祈願してきたのでしょう。

ところで、クリスマスの由来はゲルマンの冬至の祭であり、クリスマス・ツリーはゲルマンの樹木信仰が元になっているというのが通説です。常緑の枝を飾って若枝の生命力を祝い寿ぐ風習は、日本の門松に通じる物を感じますが、アドヴェント(クリスマスに先立つ約4週間の期間)に入ると一戸建ての家の戸口に樅の木の枝先を貼り付けてあるのをよく見ました。

では樅の木などの素材が入手できない南ヨーロッパでは冬至を祝う風習がなかったのでしょうか。答えは否。古代ローマから季節ごとに月桂樹の枝を戸口に飾って祝う習慣がありました。12月25日はローマ帝国内で勢力のあったミトラ教の太陽神ミトラの誕生の祭の日であり、この東方から伝わった宗教に対抗するために、キリスト教会がイエスの誕生日をこの日に設定したのだといわれます。実は、聖書にはイエスの誕生日が何月何日か記されていません。クリスマスはあくまで救い主の「誕生」を祝う行事で、誕生日を祝う行事なのではないのです。ローマ教会としては、12月25日を祝日にすれば、ゲルマン世界をキリスト教化するにあたって元来行われていた冬至の祭とクリスマスを一致させればよかったので実に好都合だったのです。ヨーロッパの北と南にそれぞれクリスマスの基となる冬至の祭礼が存在したということになります。


キリスト教の版図となったヨーロッパに対し、教会は何度となく古い習慣を禁止し、そのつど失敗してきました。仮装・異装の風習、民間の医者としての呪術師・魔女の存在など。あるいは古い異教を無理に弾圧せず妥協することによってキリスト教を広範に布教できたと言ってもいい。砂漠起源の渡来宗教と自然の霊を信じる世俗信仰が共存しているのが現在のキリスト教文化だといえるでしょう。そして、聖書に唯一の拠り所を求めるプロテスタント(エヴァンゲリッシュ)があまり盛大なカーニバルを祝わないというのも、「土俗的な信仰との妥協、折衷を嫌った」とう態度のあらわれといえないでしょうか?


春を待つということは、繁殖の成功や豊かな収穫を期待することにつながります。復活祭を基準とする一連の祝日は現代でも移動祝日ですが、カーニバルが開催される2月頃は厳寒の季節であり、農閑期にあたります。カーニバルの木曜日が女のカーニバルとして一時的に女性上位となるのは、日本で小正月を女正月と称して女性が家事を休んでくつろぐ日とする習俗と共通する物が感じられます。女性の生命力に呪術的な意味を持たせているのでしょう。デュッセルドルフではハイライトの女のカーニバルとローゼンモンタークのパレード以外にはあまり関心が持たれませんが、カーニバルのしめくくりとして、灰の水曜日にホッペディッツに見立てた人形を燃やす行事があります。冬を送り出し春を迎える準備をするのですが、この時立ち会うのは司祭に扮した女性です。女性の生命力をもって春を呼び込もうとするのでしょう。


生命の循環を象徴するのは月の満ち欠けです。新月は死、満月は再生を表します。復活祭の日取りを決定するのに、「春分の日の後の満月の後の最初の日曜」とややこしい決め方をしているのは、月の呪力が復活の行事に欠かせないと考えるからでしょう。余談ですが、16世紀頃までは1月1日ではなく復活祭をもって新年とする習慣があり、都市ごとに新年の起点となる日付が違うという現象すらあったので、古い記録を調査するには注意が必要なのです。





実際にカーニバルに参加する人々は、もちろんこんなややこしいことを考えずにただにぎやかな祭を楽しむために楽しんでいるのだと思います。ドイツではライン川地方の3大カーニバル都市としてデュッセルドルフ・ケルン・マインツが有名ですが、ガイドブックで紹介されないような街でも個性的なカーニバル行事を持つところが多くあります。
ただ、現代の都市が一時的に機能をストップしてまでお祭騒ぎに興じるのは、やはりただごとではありません。厳しい冬を無事に追い出して無事に誕生と生産の季節を迎えたいという切々たる気持ちのあらわれなのでしょう。恐ろしげな仮面を用いる黒い森のファスネットも、ピエロが繰り出すデュッセルドルフのカーニバルも共通するものを持っているのです。


これは、ドイツでザンクトマルチンの行列、クリスマス、カーニバルといった行事を体験した時の印象に、いくつかの本からの情報をねり合わせて文章にしてみたものです。
綿密な調査をしたわけではないので若干事実と食い違う部分があるかもしれませんがそのあたりはどうぞどうぞ寛容の精神でご容赦ください。



参考図書
キリスト教歳時記   八木谷涼子 平凡社新書
ヨーロッパの祭と伝承 植田重雄  講談社学術文庫
ヨーロッパの心    植田重雄  丸善ライブラリー

おまけ
異なる宗教を背景とした異文化が接触した時の人間の反応について、山岸凉子さんの漫画「日出処の天子」を読んで想像してみました。主人公の厩戸王子は「われわれは神も仏も祭る必要があるのではないのかな」と言って従来の信仰を利用しながら仏を上位に置くよう誘導します。
また、浦沢直樹さんの漫画「MASTERキートン」では古代ヨーロッパに存在した異教や大地母神、母系社会の痕跡が登場します。
異教の受容という観点から読み直すと面白いかもしれません。






written in January 2005 by Murasuzume