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クラブメッド―メタポント(南イタリア) クラブメッドでの休暇も4回目ともなればそれなりに慣れてくるものです。 食事がセルフサービスだからといって あれもこれもテーブルから取って来るようなことはしなくなり、 朝は軽くフルーツだけ、なんて余裕が出てきます。 食事の時にペットボトルにガスウォーターをつめて持ち出し、 むやみにバーで水やコーラを買わないようにする、なんてこともします。 メタポントはベビー託児OKの、こぢんまりとした環境で プールもあれば、プライベートビーチもある、しかも ビーチまでチューチュートレイン(汽車ポッポ型のバス)に乗せて行って貰えるという 楽しげなところでした。 今回は長男5歳、次男3歳、次男はオムツも取れてずいぶん身軽になりました。 ミニクラブとプチクラブは離れた場所にありますが、 どちらもランチタイムの託児が可能です。 到着の翌日、ミニクラブの前で日本人女性と出会いました。 アムステルダムからやって来たSさんは、うちと同じく男の子が二人の家庭で、 4歳と6歳。 「あまり先生のいうことを聞かないので、託児所から追い出されたこともあるのよ〜 でも日本人の子が一緒なら、うちも預けてみようかしら」 夏の休暇を家族が楽しく過ごすには、子供が楽しく過ごせることがキーポイントです。 外国語のおぼつかない子が楽しく過ごすには、 仕方のないことですが、日本人のお友達がいるかどうかで大きく違ってくるのです。 今回はラッキーでした! 次男はひとりでプチクラブにつっこまれ、 時々めそめそしながらも若くてピチピチしたイタリア美人に遊んでもらい、 一度夫に迎えに行ってもらった時には 幼児用プール(そうそう、ミニクラブのエリアにも子供用プールがあります)で 金髪ビキニのおねえさんにだっこされて豊満な胸に顔をうずめてぐずっていたそうで、 夫が「あいつ、うらやましい」としつこく言っていました。 次男も日がたつうちに徐々に慣れて、 最終日には「tres bon いいこでした」と言ってもらえました。 ここは前回利用したカマリーナのレストランより味がいいように思いました。 コックの腕というだけでなく、 カマリーナはあまりにも巨大すぎて、どうしても大量に作り置いたものを 食べさせられることになるのでしょう。 メタポントでは提供される食事の種類はさほど多くなくても、 毎日同じ物を食べても飽きないおいしさがありました。 ランチタイムも子どもを預けていられるので、 夫と待ち合わせて二人で高台のレストランで食事を楽しむこともできました。 相変わらず夫婦別行動なので、 一度鍵を持ったまま雲隠れされて部屋に入れず困ったりもしましたが サイクリングやエアロビに一人で参加してみました。 エアロビのコースで1時間もしぼられると、肩のこりがすっかり軽くなりました。 それから家族でもプールに行ったり、ビーチに行ったりしました。 夕食を予約制のレストランで食べた時は夫がスパゲティを絶賛していました。 ここからのエクスカーションは ポンペイや、アルベロベロの家など、面白そうなものがありましたが 今回はクラブ村から出ないで過ごしました。 アルベロベロの家は、愛知県のリトルワールドにミニチュアがあるそうなので ちょっといちど行って見たいです。 一度、夕食の時 食事の終わった外国人の子供たちがテラス席わきのスペースで鬼ごっこなどして遊んでいて、 うちの子どもたちも仲間に入りたそうにしていながらも きっかけがつかめずもぞもぞしていたら、 一人の年長の子のお父さんが 「日本人の子も仲間に入れてあげなさい(フランス語)」と命令し、 その子は長男の手を取って握手をして、 一緒に遊び始めました。 なんだかとてもうれしかったです。 ![]() |
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8月は夏か 8月は夏か。 日本的感覚でいえば、当然夏です。夏どまんなか。 夏休みの季節だから、海にも行くし、山にも行く。お盆には帰省する。 だから、8月中に新学期が始まってしまうと なんだか遊び足りないような気がしました。 広く知られているように、 ドイツでは各州が少しずつ時期をずらして学校の夏休みを設定しますが、 その時期はおよそ6月下旬〜8月です。 7月を中心としてその前後。 サマータイムはもっと長く、およそ春分から10月まで。 以前は春分から秋分だったそうですが、イギリスにあわせて後ろに長くなりました。 8月には商店のショー・ウインドーが 秋らしく模様替えをします。 ノルウェーの北岬(ノール・カープ)(北緯71度10分20秒)では 5月14日から7月30日の間は終日太陽が沈まない、いわゆる白夜期間だそうです。 このあたりがヨーロッパ人的感覚の夏どまんなかに相当するのでしょうか。 この理屈によると8月は秋への移行期間になります。 昨日長袖、今日半袖の気候では深く考える必要はない? ![]() |
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クラブメッド―カマリーナ(シチリア島) しつこく、夏休みをクラブメッドで過ごしました。 イタリアは、シチリア島にあるカマリーナというビレッジです。 今回は、次男が2歳になっていたので選択肢が広がりました。 クラブ・メッドは、施設によって、託児の受け入れに差があるのです。 ベビー・クラブがあるところは、4ヶ月から託児をしてもらえます。 「寝たきり」「ハイハイする」「歩ける」など、サブグループに分けて世話されます。 参考までに、要求された持ち物は、 おしゃぶり、ほにゅうびん、お気に入りのぬいぐるみ、おむつ。 おしゃぶりをくわえさせ、ぬいぐるみをにぎらせ、ベビーカーに押し込んで 散歩しながら寝ていただくという西欧式ベビーシッティングであります。 プチ・クラブは、2歳から4歳まで。やはり年齢別のサブグループに分かれます。 このあたりの年齢までは、旅行直前に健康診断書を取っておく手間が要ります。 カマリーナはベビー・クラブがなく、プチ・クラブからでしたが、 料金別途でベビーシッターを手配することができるので、 ベビー・クラブがなければベビーのいる家族が利用できないわけでもありません。 デュッセルドルフから最寄空港のカターニャに飛ぶのに、 なんとシチリアからデュッセルドルフに出稼ぎに来ているイタリア人家族の 里帰り用チャーター便に乗せられてしまいました。 ジャンボジェットにぎっしり、小さい子どものいるイタリア人家族。 飛行時間中、あちこちで子どもが泣きわめき、うるさいのなんの。 小さい子ども連れで飛行機に乗る時の、あの気苦労こそ無かったものの、 珍しい体験をしたといえるでしょう。 スリ、かっぱらい、置き引きがうろうろしているといううわさのカターニャ空港に クラブ・メッドのスタッフ(GO)が乗用車で迎えにきてくれて、 クラブ村まで連れて行ってもらいましたが 遅い時間に飛行機が着いた上、陸路も2時間以上はかかって 到着した時には午後10時を過ぎていたことでしょう。 ところが、到着して、チェックインをして、部屋に案内してもらった直後に、 夕食を食べるのでレストランまで来るように言い渡されます。 もちろんレストランまでGOが案内してくれましたが、 つまりはこれが到着の日のオリエンテーションで、 食堂に案内するところまでを済ませないと、マニュアルに違反することになるのでしょう。 夜遅く到着する客が私たちのほかにもいて、 レストランの一部に明かりをつけてコックが待機していました。 当然のことながら、子どもたちは落ち着かず、 2階建てのアパートになっている宿舎の部屋に入ってからも、騒いでしまいました。 もう、深夜になっています。 やっぱりというか、ご近所から苦情を言われてしまいました。 しかも、翌朝も苦情のだめ押しをされました。 今では、子どもが迷惑をかけたときに、即、苦情を言ってもらうほうが 後日まとめて文句を言われるよりましだという心境に達していますが、 長旅をしてきて疲れているところへ、苦情をちょうだいするのは とりあえず気分のいいものではないですね。 春のオピオの体験から クラブ・メッドの託児に期待してはいけない、という気持ちになっていたので カマリーナでは、朝から夕方まで子どもを預けずに、半日託児にしていました。 そのせいか、クラブ村内で何をしたのか、あまり覚えていません。 託児中は、夫は一人でどこかへふらふら、私は部屋でお昼寝だったのでしょう。 プールがあったので、プールで遊んだと思います。 プライベート・ビーチがあったので、海でも遊んだと思います。 レストランでは、釜焼きのピザが人気があって、 行列してもらいに行っていたような気がします。 そのレストランの床が滑りやすくて、 毎日子どもが滑って転んで、ガッチャンガッチャン食器の割れる音がしていたような気がします。 カマリーナは敷地がとても広くて、 部屋からレストラン、プール、プチ・クラブ間をずいぶん歩いた気がします。 石畳の歩道、花が咲き乱れるクラブ村。だだ広いレストラン。 今回は、古代遺跡で知られるアグリジェントに半日のエクスカーションを申し込みました。 半日とはいっても、昼食後に出発し、帰りはクラブの外のレストランで夕食をして 遅い時間に帰ってきます。 シチリア島にはギリシャ人が入植していたということで、 ギリシャ風の神殿が残っているのですが、 土地の石を使って作ったものなので、白くなくて、褐色です。 石ごろごろの遺跡で、子どもたちがよじのぼったり飛び下りたり、 案外楽しく過ごしています。 難点は、ガイドがイタリア語とフランス語だけであることです。 用意のいいイギリス人は、自前のガイドブックを持ってきて、 イギリス人同士でガイドブックを見ながら回っていました。 見学後、立ち寄ったレストランの料理がおいしかったです。 ひょっとしたら、味は「普通」だったのかもしれませんが、 クラブ内ではセルフサービスで重いお皿を持って右往左往しているので、 久しぶりに「ウエイターのサービスで」食事をしたことに感激していたのかもしれません。 各テーブルにグリッシーニ(細長いクラッカー状のパン)があったのも、 ちょっと旅情をそそられました。 デュッセルドルフのピッツェリアでは、突き出しはピザの生地で作った 小さなパンとにんにくバターでしたので。 (クラブ村のレストランにもグリッシーニありました。 バイキングのテーブルから自分で持ってくるんですが) クラブ・メッドでの滞在も終わりごろになって、 3歳くらいの男の子を連れた、パリからの日本人家族の方とお話をしました。 「うちの子も、旅行中はフライドポテトしか食べないのよー」 などとおっしゃります。 夜は、広場のステージでディスコとショウがあるのですが、 西洋人の4,5歳くらいの女の子が踊りまくっていました。文化の差を感じます。 帰りはカターニャの空港の手前で大渋滞に引っかかり、 飛行機に乗り遅れるのじゃないかと思われましたが、 フライト自体が1時間ほどのの遅れで 空港のゲートで長らく待機させられました。 帰りの飛行機はドイツ人乗客の多い、普通の便で、 粛々とデュッセルドルフまで運ばれていきました。 ![]() |
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夏はビール 夫は高脂血症と高尿酸値持ちであります。 現在は食餌療法と運動療法で対処しています。 避けるべき食品が結構多くて、 卵、豚肉、内臓肉、アルコール全般、特にビールは厳禁。 ドイツにいた時も、ずっと同じ状態でしたが、 最初の1年半くらいは、「せっかくドイツに来たんだから」と好き放題に ビールごくごく、ワインかぱかぱ、シンケンもブルストもぱくぱく。 当然血液の状態が改善するはずもなく、 健康診断で同様のことを言われてきました。 その、週末。 食卓わきに、アルトビール1ケース20本入りがどでん。 「...なにこれ?」 「いや、夏だし、夏といったらビールでしょ」 懲りとらん。 即刻ビールは知人に転売しました。 シンケン類は豚肉でできてるから、わざわざ夫用にはPutenbrust(鶏肉系ハム...だと思う)を 買ってきているのに〜〜〜 和食の比重が高くなっても、買出しが面倒だし。やだやだ。 ドイツ生活には不適切な夫の血液でした。 ![]() |
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クラブメッド―オピオ(南フランス) 夫、しょうこりもなく復活祭休暇にクラブメッドを予約してきました。 今回ネックになったのは、次男の年齢です。 託児に関しては各クラブで状況が違い、(全く託児なしのクラブ村もあり) ここオピオではベビーの託児がなく、2歳からプチクラブに参加できます。 旅行の時点で、次男1歳10ヶ月。体ばかりはでかいので、 夫は「フランスなんていーかげんだから、だいじょーぶだよ」と 呑気なことを言いますが、 それよりなにより次男は旅行前に体調を崩して健康診断書がとれなかったので、 「次男託児無し」という恐ろしい条件で旅が始まりました。 最寄空港はニース、ドイツ語でNizzaニッツァ。 旅行代理店のオファーする日程に従わないで個人参加したので、タクシーでクラブ村に向かいました。 ドイツではタクシーはクリーム色に統一されていますが、 フランスではいろいろな色のタクシーが走っていました。 広大な敷地にオリエント風の建物、部屋はコテージなので1階なら庭に直接出られます。 しかし、「基本的にアカンボは来ない」造りなので、階段が多い。 ベビーカーをよいしょ、よいしょと持ち上げながらでないと食堂に行けません。 夫はすたすた先に行ってしまい、見かねた外人紳士がベビーカーを運ぶのを手伝ってくれました。 (バカヤロー) 部屋は、タイル張りの床。3月ではちょっと寒いです。 しかも、このとき天気が今ひとつで、日程の半分は雨でした。 雨のクラブメッド、これは悲しいものがあります。 屋外の遊びが多いので、雨が降ると皆さんどやどやとホールに集まるしかなく、 とってもウザく混雑します。 プールは屋外と室内にひとつずつありましたが、 温泉の大浴場に毛が生えたようなサイズです。 オピオは、クラブメッドの中で一番料理がおいしいと夫の同僚が言ったそうです。 ここでは宿泊付きの会議というバンケットプランがあって、 2,3日会議をした後週末を遊んで過ごそうという優雅なツアー客が滞在していました。 一度食事のテーブルで同席した人は、家族を連れてオーストラリアから来たそうです。 さて、長男のプチクラブですが、彼がそこで楽しく過ごすことはありませんでした。 前回(スペイン)は赤ちゃんの託児に入れてもらったので、 おもちゃで適当に遊ぶだけですんだのですが、 今回は年齢が上がったためグループ遊びを要求されて、言葉が通じずお手上げです。 午前中預けると、午後はいやだと言います。 本来なら昼食の時間は預けっぱなしでいいのですが、 11時半のランチタイムに引き取らざるを得ませんでした。 その後、12時半から夫と落ち合って昼食。 6時に子ども用レストランに行って、夕食。 7時に大人用レストランに行って、夕食。 全行動時間の半分はレストランにいました。 仕方がないので、ヨーロッパのお子さまウオッチングに終始します。 みんな、テーブルマナーがよくて、かっこいい。 365日ナイフとフォークの生活をしていれば、こうなるのか。 うちの子は、和食の時はお茶碗を左手で持って、お箸を右手で持って食べなければいけないのに 洋食の時はお皿は持たずにナイフとフォーク、というように 使い分けを覚えなければならないので、 食事の姿がきれいになるのにはずいぶん時間がかかりました。いえ、まだ、修行中。 子供用レストランと大人用レストランでは、 メニューやデザートに微妙に差があったのも面白かったです。 フィルムシアターがあって、大人の夕食時間はディズニーの映画を上映していたので、 そこで少し預けることはできました。 後日知ったことですが、 クラブメッドの託児では、基本的にフランス語か現地語しか使用しません。 フランス語を知らない子ども、つまりイギリス人やドイツ人の子も 「ミニクラブは先生と話が通じなくてつまらない」と親に訴えているようです。 クラブメッドではオプショナルツアーでクラブ村の外へ観光ツアーに行くことができます。 イルカショーをやる水族館へ行く半日ツアーに参加しました。 同行する人が外人ばかりなので、誰が一緒なのかとか、添乗員のアナウンスを聞き取るのに 結構神経を使います。 この日ばかりはよいお天気で、ゆっくり遊んで帰ってきました。 この頃次男はどこへ行っても、「男の子?女の子?」と聞かれまくっていましたが、 フランスでも「ギャルソン?マドマゼル?」と聞かれていました。 ベビー時代は「何ヶ月ですか?」「大きいですねえ」とばかり聞かれていました。 後日、2歳を過ぎると(お兄ちゃんと)「双子ですか?」と聞かれるようになります。 ゴルフ三昧でリフレッシュした夫と、 何をしに来たのかわからないまま帰る私。 チェックアウトと飛行機の時間が開いていたので、帰りのタクシーの運転手さんに ニースとカンヌをぐるりと回ってもらうことにしました。 途中、3つ星レストランの「ムーラン・ド・ムージャン」の前を通りかかると、運ちゃん 「ここは市内からわざわざ食通が食べに来るんだよー」と得意げに解説してくれます。 「デュッセルドルフにも3つ星があるんだけど」と答えておきましたが、聞く耳持ちゃしません。 ニース空港では、飛行機が遅れて、かれこれ3時間滞留しました。 出発ロビーで追いかけっこをして、次男が転んで後頭部を打ち、鼻血を出しました。 むしゃくしゃするので、夫にねだって、空港のブティックで腕時計を買ってもらいました。 ![]() |
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夏の休暇 クラブメッドに4回行きました。 託児に思いっきりつられて行きました。 海外駐在で最もしんどかったのは、突然核家族になったことです。 初孫なのをいいことに、じじばばに甘え倒した生活を送っていた私と夫は 週末も夏休みも、片時たりとも子どもから離れられない生活がはじまって、 結構参っていました。 では、クラブメッドがその解決になったかというと、 そうでもなかったと思います。 ドイツに来て3ヶ月、初めての夏休み。 クラブメッドに行くことが決まった時、 夫には1週間のウアラウプを過ごすべき普段着がありませんでした。 日本では1週間休みをとってもせいぜい2泊3日の旅行しかしなかったので、 それに見合った服しか持っていなかったのです。 土曜日は昼近くまで朝寝をする習慣の抜けない夫(ドイツは4時に商店が閉まります) 食料の買出しだけで精一杯の時間しか取れません。 結局、平日に子ども二人を連れて旅行に要る物を調えなくてはなりませんでした。 ビーチタオル、ビーチサンダル、浮輪、水着、紙おむつ、日焼け止め、サンオイル... 一度にたくさん買えないので、毎日、少しずつ買い足します。 夫は土曜日出発、土曜日帰宅というツアーを予約しました。 リフレッシュして月曜日出勤するために、日曜日は休息が必要だそうです。 この場合、帰って来た日にすでに商店が閉まっているので、 そしてもちろん日曜日も商店が閉まっているので、 1週間後に食べるための食品の買い置きが必要になりました。 食べ物も、飲み物も、旅行から帰ってきて飢えることがないように。 また、乳幼児を預けるために、健康診断書が必要なので(4歳まで) 小児科医の予約を取って、一筆書いてもらいに行きました。 初めて行ったクラブメッドは、スペインのマラガが最寄空港で、 ブラッセルのEU本部ビルによく似た形のリゾートホテルを施設として利用していました。 (現在はクラブメッドは経営から手を引いています) 広いロビーに広い食堂に広いプール、 立派なホテルでしたが、プライベートビーチが敷地内にありませんでした。 乳幼児託児(ベビークラブ)は、週に1回休みの日があります。 到着の翌日である日曜日が、休日に当たっていたので(月曜日のところもある) 申し込みだけ済ませて、日曜日はビーチに行くことになりました。 送迎バスで、契約ビーチに行きます。 久しぶりの強い日差しでへろへろになって帰ってきました。 クラブメッドの食事はバイキングの食べ放題。 ビールとワインは飲み放題。 とても良さそうに思えますが、子どもにお皿を持たせるわけにはいかないので、 夫と子どもたちをテーブルに残し、一人で3往復くらいして食料を運びます。 トレイがないので、飲み物だけまとめて持ってくることができません。不便。 さて食べようかと私が椅子に座る頃には、子どもたちのどちらかがぐずぐず言い出します。 特に当時3歳の長男は、滞在中ずっとろくろく食べられず、 夫が「食べろ、食べろ、」と絶え間なく言い続けていました。 さて月曜日、子どもたちを預けて、息抜きを...と行きたいところですが、 実はあまり好き放題にはできません。 クラブメッドのアクティビティは、1時間ごとにスケジュールが決まっていて 参加したいスポーツのところに決められた時間に行けばいいのですが、 のんびり起きて、朝食をとりに食堂へ行き、1時間もかけて子どもに食べさせていると、 夫が「時間だから先に行くよ」と言って席を立ってしまいます。 乳幼児は、食事の時間は親が引き取ることになっていて、 (4〜5歳になると、昼食の時間も預かってもらえる) 昼食は11時半頃、夕食は6時から、と大人の食事時間より早くベビーレストランが開きます。 そこで離乳食を親が食べさせるのです。 食事を済ませれば、7時からの夕食時間をまた預かってもらうことができます。 手間取っていると、結局昼寝をする程度の時間しかなくなってしまうのです。 この施設では、ベビー用のキッチンを借りることができました。 小さな子どもが好きなときにビスケットやヨーグルトを食べたり、 持込の離乳食やミルクを調理できるように、電子レンジと冷蔵庫が使えるのです。 しかし中盤、次男が託児所で病気をもらってきます。 下痢ピーちゃんになってしまって、医師の診察を受け、薬を買い、(実費) 「冷蔵庫に保存するように」という指示なので、ベビーキッチンの冷蔵庫を使おうと 扉を開けると、そこには同じ薬がズラズラっと並んでいました。 こうなるともう託児には出せません。 ついでに長男が1回おねしょをしたりして、 散々な目にあっている中、 夫はマイペースで一人で出かけてしまう... 結局その後長男も調子を崩し、 夏風邪を引いたまま丸1年風邪が治りませんでした。(途中中耳炎もやった) 夫には、「夏休みをもう1回とってスイスに行こうと思ったのに...」と言われましたが、 それどころじゃないっしょー!! ![]() |
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ドイツの王子様 Prinz von Hannoverをご存知ですか。 ドイツ貴族の末裔で、イギリスの王位継承権を持っています。 ブラウンシュヴァイク-リューネブルク公(Herzog)でもあります。 Welfen家の当主Ernst August公は、 2001年現在で英国王位継承順位445位だそうです。 本流ではなくヴィクトリア女王の子孫ということで、これは下から数えたほうが早い順位です。 ドイツの王侯貴族の歴史は、国替えあり、御家断絶あり、分割相続あり、併合ありと 複雑でトータルには理解しにくいのですが、 ハノーファー侯国のエルンスト=アウグスト侯爵が 英国王家の血筋を引く選帝侯女ゾフィーと結婚したことにより、英国王位継承権をもつようになり、 1714年、その息子ゲオルク=ルートヴィヒ選帝侯が英国王ジョージ1世となります。 しばらく英国王がハノーファーの君主を兼ね、 宮廷不在の時期が続きましたが 英国王ジョージ3世の時代(1814/15)にハノーヴァー選帝侯国は王国となり、 ヴィクトリア女王が英国王位を、 伯父に当たるエルンスト=アウグストがハノーファーの君主となるにおよび、 ハノーファーに再び宮廷の繁栄が取り戻されました。 現当主は99年1月にモナコ公国のCalorineと結婚しているので、 おそらく婚約が発表された98年に新聞記事でハノーファー公の存在を知ったのだと思います。 その前年には英国の元皇太子妃レイディ・ダイアナが パリで交通事故死しました。 その日、なにげにドイツのテレビを見ていた私は、 やけにどのチャンネルでもレイディ・ダイアナの映像が流れてばかりいるので (ドイツ人も王室番組が結構好きなんだろうか)と単純に考えていましたが、 いくら何でも様子が変だと思い始めて かれこれ30分もたってからようやく彼女の死に気がついたのでした。 ![]() |
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ボクとボクとママと 幼稚園の夏休み、秋休み、はたまたパパのいない休日... 家にいれば、子どもはべっとりとテレビに張り付いているばかり。 お友達は、おじいちゃまおばあちゃまがいらしてたり、一時帰国をしていたり、 あるいは病気で休んでいたり。 どこへ行きましょうか。 安直なのは、プレイルームのあるマクドナルドです。 帰りにちょこっと買い物して帰ってきてもいいし。 でも、大好きなマクドナルドも、毎日となれば飽きてしまいます。 次男がベビーカーを卒業してからは、ピザハットにも行ってみました。 ランチョンマットがメニューになっていて、ぬりえや迷路をして遊べます。 駅前という好立地を利用して、日本クラブに夕食を食べに行ったりもしました。 単品のラーメンとラーメン定食(ごはんとおかずがつく)を注文して、3人で分けて食べました。 でもラーメンにきつねうどん用の甘く煮たうす揚げが入っているのは、何なんでしょう。 Duesseldorf Hbf―Krefeld間のトラム(U-bahn)には、食堂車が付いています。 長男が「一度乗ってみたい」と言うので、土曜日にチャレンジしたところ、 週末はどうも食堂車を連結していないようでした。 秋休みの平日なら、食堂車に乗る絶好のチャンスではありませんか。 停留所で待っていると、来ました来ました、食堂車連結のトラム。 ウェイトレスのオバちゃんがいます。 向かい合った座席の間にテーブルがあって、すべり止めのクロスがのっています。 注文したのは、水。こぼす可能性があるので、水以外注文できません。(ま、いっか) Meerbischの市街地を抜けると、 遠くまで見晴るかす田園地帯の中、 線路はどこまでもどこまでもまっすぐ続きます。 電車が揺れないので、ビンやグラスが倒れる心配はほとんどありません。 ゴトン、ゴトン... 最後の2駅は、Krefeldの街中を走ります。車窓の風景に、急に車が増えました。 終点のRheinstrasseはにぎやかなショッピング街でした。 なかなか立派でおしゃれっぽい商店街で散歩して、 特に変わったものが売っているわけではないけれど、デパートで買い物して、 帰ろうとしたところ、 乗った電車に食堂車がなかったため(1便おきに運行しているらしい) 次の停留所、Krefeld中央駅でわざわざ乗り換えて、帰りも食堂車で帰ってきました。 また、ある日、1時間に1本しか運行していないNeuss行きのバスで、 1時間かけてとことことNeussに行ってみたりもしました。 さほど遠いところじゃありませんが、路線バスは最短距離を走るわけではなかったので。 川沿いの街路樹が風に揺れる様子や、レストランのテラス席のにぎわいを 車窓から眺めるのもおつなもんです。 乗り換えすれば、トラムでも行くことができます。 トラム停留所は終点のため、転回用の線路があって、それだけで子供にウケていました。 趣のある旧市街で小旅行気分。 日曜日は商店が閉まっているためひっそりと静かな旧市街の商店街の、 人でにぎわっている別の面を知ることができました。 買ったものは...ファックス用のロール感熱紙でした。 ![]() |
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ライニッシェ・ポスト 新聞を各家庭まで配達してもらえるのは日本だけで、 海外ではキオスクなどに買いに行かなければいけないと言われていますが、 デュッセルドルフでは地元紙Rheinische Postを毎朝届けてもらうことができました。 夫の会社では会社の費用で朝日新聞などの衛星版を買わせてくれるというような 親切はありませんでした。 しかし夫だけは職場に配達される日本の新聞を読むことができたので、 読むのに時間のかかるドイツ語の新聞は家で読もうというわけです。 日本の新聞の古新聞は、夫の同僚それぞれの家庭からの要求もあって はっきり言って「奪い合い」、なかなかわが家まで回ってきません。 しかしドイツ語の新聞にも捨てがたい味がありました。 ライニッシェ・ポストは日本の新聞のように全体を二つ折りにまとめているのと違って、 記事の種類ごとに2〜3枚(8〜12ページ分)をひとまとめにしたものを 複数重ねて全体を一まとめに折るという方法をとっていて、 政治経済・地域ニュース・スポーツ・求人など――というように ばらばらにできるので、 たとえば、求人や住宅情報は必要ないので読む前にはずして軽くする、ということが可能です。 夕刊はなく、朝刊のみ。 土曜日に分厚い新聞が来て、日曜日はお休みです。 ![]() 一面の一番左の柱に、今日の主なニュースの見出しが載っていて、 一番下がWetter――短い天気予報です。 雨、くもり、雪、変わりやすい、などと書かれていることが多いですが、 まれに天気のよい日にはFreundlichと表現していました。 詳しい天気予報は、一枚めくって3面の下1/4にあります。 日本の新聞に比べて、ずいぶん大きなスペースを割いています。 絵によるノルトライン-ヴェストファーレン州の天気、最高最低気温、風力風向そして 向こう4日分の天気予想、 文章による概況、予報、花粉情報、ライン川の水位、月齢。 さらにReisewetterというパートにはヨーロッパ全体の天気図。 北半分に低気圧が居座って、雨マークがふりまかれているのに 南半分には高気圧がすわりこんで、おひさまサンサンマークがいっぱいのようすが 一目瞭然です。 冬ならば、積雪量の情報、夏なら海辺の天気がトピックになります。 各地の天気予報と、主要都市の昨日の天気と気温の報告が続きます。 ここまで読んで、私はおしまい。(笑) ドイツの上空には 湿ったあたたかい空気、乾いたあたたかい空気、湿った冷たい空気、乾いた冷たい空気が 流れ込んできて渦を巻いているので、お天気が変わりやすいそうです。 テレビの天気予報の時間に合わせられない私にとって、 天気予報が載っているだけで、新聞を買うだけの意義が十分ありました。 結構楽しみだったのが広告(チラシ)です。 4つ折り、8つ折でなく、ノート風に綴じたデパートのチラシがよく入っていました。 日本にいた時は日経新聞をとっていたので、チラシがほとんど読めませんでした。 季節の移り変わりや行事など、チラシで学習していたといっても過言ではありません。 近所の大型スーパーは、新聞の折込ではなくポスティングでチラシを配布していました。 これで日常生活に必要な単語はほとんど学習できました。 |