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カーニバル


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本文中のドイツのカーニバルに関する記事を集めました。それぞれの出所もあわせて記載してあります。


「ドイツ思い出し笑い」より
カーニバル

人々が、仮装をしてバカ騒ぎするカーニバル。
カーニバルといえばケルンのカーニバルが有名ですが、
デュッセルドルフのカーニバルもとても盛大です。
ドイツ以外では、イタリア、ヴェネツィアのカーニバルが有名です。


カーニバルのパレードは、ローゼンモンタークと呼ばれる月曜日に出ますが、
この日は復活祭の40日前ころにあたり、復活祭は春分後の満月の後の日曜・月曜と決まっている 移動祝日なので、ローゼンモンタークも毎年変わります。
2001年は2月26日がローゼンモンタークにあたります。

カーニバルは、カトリックの影響力の強い地域で盛んです。
ドイツのラインラント地方では、マインツ、ケルン、そしてデュッセルドルフが 3大カーニバル都市です。ドイツ語圏で、ファスナハト、ファッシングという地域もあります。
「すべての価値観が逆転する時」がカーニバル期間なので、まじめに働くよりも、冗談のほうが優先され、 市長よりも市民が、男よりも女がえらくなります。
ローゼンモンタークの前の木曜日は女のカーニバル、Altweiber-Donnerstagといって、女たちが 午前11時には仕事もそこそこに(平日です。が...)、男たちのネクタイをはさみでちょん切って 旧市街に集まり、市庁舎をのっとります。
たいていは不要なネクタイを締めて出勤しますが、この日のために、ネクタイを選ぶ粋人もいます。
知らずにこの時期出張に来て、ネクタイを切られて呆然とする男性もいるとか...



カーニバルということばの語源は、一説にはイタリア語の「Carne Vale(肉よさらば)」と いわれています。
また、ローゼンモンタークは現在「バラの日曜日」と訳しますが、特にバラとは関係なく、
本来「Rasender Montag(バカ騒ぎの月曜日)」がなまったものといわれます。
以後、ローゼンモンタークツークと呼ばれるパレードについて話を進めます。

パレードに先立って、カーニバルの標語(モットー)を定めます。毎年変わります。
2001年は「Jede Jeck is anders!」デュッセルドルフの方言なので、標準ドイツ語とはちがいます。
また、プリンスとプリンセスを選びます。
ケルンのカーニバルの場合、プリンス、乙女(実際は男性の女装で、金髪を二つに分けて 三つあみにしたかつらをかぶる)、農夫の3人がカーニバルのシンボルになります。
カーニバル期間中の挨拶は、Helau! ケルンではAlaaf!
Helau und Alaaf といえば、カーニバルの別名です。



カーニバルのパレードは、おおよそ、旧市街を出発し、ケーニッヒス・アレーという大通りを経て 中央駅へ向かうコースを取ります。
思い思いに仮装したひとびとがどっと街にくり出すので、市内は大混雑して、ケーニッヒス・アレーを 横断することは不可能になります。ひと駅を地下鉄で移動して、対岸に渡りました。
はりぼてで飾りたてたクルマや騎馬隊が、とてつもない量のチョコやキャンディをまきちらしながら、つぎつぎ 通りすぎていきます。観客は、広げて逆さにしたカサでキャンディを受け止めたりして、 このために持ってきた袋にせっせと入れます。ビールの屋台もたくさん出ています。
人、ひと、人...

人ごみが苦手なひと、寒さに弱い人は家でテレビ中継を観賞。

難点は、ローゼンモンタークがデュッセルドルフだけの祝日であることです。
日本はもちろん、ヨーロッパのほかの地域も平日として動いています。
夫はパレード見物どころでなく、かばんを抱えて出張に出かけました。

「ドイツ思い出し笑い」より
カーニバル補遺



★カーニバルはデュッセルドルフとケルンだけでしかやらないのかというと、 規模の大小はあっても、多くの街でカーニバルの仮装行列がでます。 大都市だけでなく、中小の都市でも行われます。
デュッセルドルフでは、ローゼンモンタークの前日の日曜日に、日本人学校のある地区で子供のカーニバルがあります。 日本人学校の子どもたちも参加し、2000年は「お寿司」の仮装をしたそうです。
ケーニクス・アレーでもカーニバルイベントがありますが、 日本人はたぶん子どものカーニバルのほうに行ってるのではないかと思います。
こんな調子で各地で大小何かやってるんだと思います。盆踊り大会のようなものでしょうか。

★2001年のデュッセルドルフのカーニバルにおいてローゼンモンタークツークに出場した 山車は64台、参加した道化は4542人、行列の長さは1km以上におよび、 100万人以上の人出があり、10万袋以上の熊グミや、15トン以上の菓子類がばらまかれました。

★ある資料によると、カーニバルの語源が"Carne Vale"「肉よさらば」というのは俗説で、 ラテン語の"carrus navalis"「阿呆船」が語源だそうです。 阿呆船とは、車輪の上に乗せた飾りたてた船で、ロバの耳の先に鈴のついているかぶりものを 着けた道化が乗っていて、彼らはキリスト教にとって異教の神であるイシス神や、 古代ゲルマンの地母神を崇拝するそうです。このような異教的な習慣が、 時代とともにキリスト教社会に受け入れられて、現在では一般にカーニバルは宗教行事ととらえられています。

★カーニバルのことをFastnacht、Faschingと言う地域もあります。 Fastnachtは、Fast=「四旬節の断食期間」のNacht=「前夜」ということで、厳密には灰の水曜日の前の 火曜日を指す言葉です。(breakfastのfastと同じですね) Faschingはvaschancあるいはvastschang、「断食の前の最後の飲み物」が語源だそうです。 だから、火曜日がカーニバルのハイライトになるところもあるわけです。 日曜日にパレードがあった方が都合のいいところもあります。 灰の水曜日の後に、カーニバルを祝う習慣のところもあるそうです。

★ほんとうは、カーニバルには仮面舞踏会(ダンスパーティー)や、ジッツンクSitzung (冗談会議とでもいうのでしょうか)も欠かせないのですが、 どちらも自分が参加していないので、あるということだけ紹介します。


「読書日記」より
2001年3月某日    ヒエロニムス・ボスの図像学 阿呆と楽園に見る中世   神原正明  人文書院

97年6月発行。
小HP「ドイツ思い出し笑い」に書いたカーニバルの記事がとても反応がよかったので、 うれしくなって、カーニバルも終わったというのに美術書を読み始めてしまいました。 ヒエロニムス・ボスはレオナルド・ダ・ビンチやデューラーの同時代人であり、 ス・ヘルトーヘンボスという現在のベルギーで活躍したネーデルラント画家ですが、 宗教画だが民衆の風俗とともに奇妙な怪物を細密に書き込んだ幻想的な絵、と言えば わかってもらえるでしょうか。

ロバの耳に鈴のついた頭巾をかぶった「阿呆」はどんな風刺的なせりふを言っても、 それは非現実のものとみなされ、罰せられることはなかったといいます。 その伝統を受け継いで、カーニバルの山車には必ず政治(家)を風刺したものが含まれます。

フランスで14〜15世紀に「呑気な子どもたち(アンファン・サン・スシ)」と呼ばれる劇団によって 風刺笑劇が演じられた、という記述がありますが、これはポツダムのサン・スーシ宮殿(無憂宮)を 連想したんですが、何か関係があるのでしょうか。






新作
カーニバルの精霊ホッペディッツ

ローゼンモンタークがカーニバルのハイライトですが、
実は、カーニバルの季節は前年の11月11日というかなり早い時に始まっています。
この日、カーニバルの精霊ホッペディッツHoppeditzが目覚めるのです。
市庁舎前の広場でホッペディッツを迎えるセレモニーが行われ、
11時11分にホッペディッツが目覚め、
カーニバルの代名詞である「第5の季節」の始まりが宣言されます。
しかし、街がカーニバル色を強めていくのはクリスマスと新年が明けてからです。

ローゼンモンタークの翌々日、灰の水曜日には
カーニバルの精霊ホッペディッツの葬礼が
市立博物館のホールで執り行われました。
喪服の女性が参列して泣くまねをします。
道化の衣装を着せた人形をホッペディッツに見立てて火葬にし、
ホッペディッツの死をもってカーニバルは終わります。
ごきげんよう、11月11日に再び彼が目覚めるまで...