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今夜の番組チェック
蛙のガリヤルド ― ジョン・ダウランド
蛙のガリヤルドは舞曲の一種で器楽曲ですが、
そのメロディはリュートソングの
Now O now I need must partと同じ物です。
各パート最後の4小節はヘミオラの技法で、
8分の6拍子が4分の3拍子に変わります。
Now, O now I needs must part
Parting though I absent mourne,
Absence can no joye empart,
Joye once fled, cannot returne.
While I live I needs must love,
Love lives not when hope is gone,
Now at last despayre doth prove
Love devided loveth none:
Chorus:
Sad dispaire doth drive me hence
This dispaire unkindness sends
If that parting be offence,
It is she which then offends.
Deare when I from thee am gone,
Gone are all my joyes at once,
I loved thee and thee alone
In whose love I joyed once:
And although your sight I leave,
Sight wherein my joyes doo lye
Till that death do sence bereave,
Never shall affection dye.
Deare if I doe not returne,
Love and I shall die together,
For my absence never mourne
Whom you might have joyed ever:
Part we must though now I dye,
Die I doe to part with you,
Him despayre doth cause to lie,
Who both lived and dieth true.
《試訳》
ああ、今は去らずにはいられない
そうしてしまったら一緒にいられないというのに 悲しいこと
一緒にいなければ何の喜びももたらされないけれど
ひとたび消えた喜びは戻らない
恋こそ我が人生
希望なくしては恋も永らえない
ここに至って絶望が証明する
恋を引き裂かれてもう誰も愛せない
悲しみと絶望のために私は遠くへ去る
つれないしうちのゆえに
こんな別れは誰の罪?
それはまさしく貴女の罪。
ねえ、私があなたから去ってしまったら
すなわち私の全ての喜びもなくなるということ
あなただけを愛したのに
あなたの愛の中に私の喜びがあったというのに。
それでもあなたの目に残しましょう
あなたの目の中に私の喜びがある
死によって感覚が失われるまでは
愛情は死ぬことはないでしょう。
ねえ、もし私が戻らなかったら
愛も私も死んでしまうということ
いないということを嘆いては駄目
一度でもあなたが愉しかったと思えるなら。
今こそ別れ 私はひとりで逝く
死の為に別れねばならないの
絶望が彼を惑わせた
真実に生き、そして死ぬひとを。
かなり主観ベッタリで訳してみました。
創作に近い。正確でない部分もきっとある。
でもまあbitter-sweetな恋の別れの気分が出てればOKということで。
前の行の言葉を次の行が引き取る形で
次々に展開される甘く苦い恋の語りを
ダウランドのリュートの調べに乗せてうっとりと聴いてみるのもまた一興。
Dowland, John (1563 - 1626)
ロンドン生まれと伝えられるリュート奏者・作曲家。
エリザベス朝で最も知られた作曲家で、国王付のリュート奏者でもありました。
メランコリックで流行のユーモア感覚を備えた作風は当時の典型的なものです。